ノンブル切望



「どういたしまして」

苗字はそう言うと同時に満面の、まさに“にっこり”とした笑顔を僕に向けてそれきり一度も口を開かず、僕もそれ以上なにか話す気にはなれず互いに黙ったまま教室を後にした。


いつの間にか口元が緩んでいたらしい、まとわりつく女のひとりが「トム、なにか良いことがあったの?」と化粧を塗りたくった顔を近づけてくる。一体いつ誰がファーストネームで呼ぶことを許可したのか。不愉快極まりない心の内とは裏腹に僕が優しく微笑んで、なんでもないよとだけ答えれば執拗に追求はしてこない。

そんなことより苗字だ。あの態度で察するに彼女が僕をあまり良く思っていないことは一目瞭然だが、まさか笑顔を向けられるとはおもわなかった。どうやらなかなかにいい性格をしているらしい。
警戒心剥き出しの彼女の様子から、おそらくダンブルドアが差し向けた監視ではない。あのお節介な老人なら、不本意ではあるがもう少し監視に向いた人間を選ぶ。
まだ断言はできないが、苗字がただの編入生だったとしてこの僕に違和感や疑問を覚えたのならば。

(面白い)

まあまだ色々な可能性は視野に入れておくべきか。
今後について思案をめぐらせながら、久しぶりに気分が高揚するのを感じていた。



「おはようミス苗字」

背後から近づきにこやかに挨拶する。
接触は最低限にとどめて監視に徹するつもりだったがそれじゃあつまらない。そろそろこの生活に退屈してきたところだったから丁度いい暇つぶしとして楽しむことにする。
嫌そうな顔を隠しもせずに振り返る苗字に吹き出しそうになるのをこらえながら、彼女の隣の席に腰を下ろした。


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