エレガンススマイル



冷や汗ってどこから出ると思う?
額とか背中とか脇とかおなかとか色々あるわけだけど、わたしの場合はね、うん。


(まさに全身から噴きだす勢いでございますよ!)


ペアを決められた瞬間魔法薬学の教授の首を絞めなかったのが不思議で仕方ない。
先ほど談話室で「関わらなければうんたらかんたら」とか思ってたばっかりなのに、隣ではそのできれば“関わりたくない”優等生トム・リドル様が美しい手さばきで輪切りにした角ナメクジを茹でていらっしゃる。
わたしは残る材料を無心で鍋に入れるだけの状態にしながら、彼の方を一瞬たりとも見ずに手元だけに全神経を集中させていた。自分にこんな集中力があったなんてすごい、驚きだ。だから今「ねえ」などと声を掛けられたのは集中しすぎて聞こえなかったことにしよう。

「ミス苗字」
「うおわっ!」

落としたナイフが足のすぐそばの床に刺さったことよりトム・リドルの顔がものすごく近かったことに驚いて慌てて距離をとる。
変な声をあげたわたしを訝しむでもないトム・リドルはナイフを床から抜いてわたしに手渡しながら言った。

「そこのニガヨモギを取ってほしかったんだけど。ごめん、驚かせたね」

でも君に怪我がなくてよかった、とやさしげに微笑んだその表情から瞬時に目をそらす。

「いえいえわたしがぼうっとしてたから。ニガヨモギね、はいこれ」

ぞわぞわと産毛が逆立つような、薄ら寒いような妙な感覚だった。

「どうもありがとう」

一瞬触れた指先、無意識に握り締めたこぶしを開いて手汗をスカートでぬぐいながらの確信。

「どういたしまして」

わたしどうやらあなたのその完璧すぎるくらいにさわやかな“作られた”笑顔が苦手のようですミスター。
だからわたしはこうすることにした。仕返しとばかりに彼と同じ類の笑顔を無料でプレゼントして差し上げるのだ。


それきり調合した薬を提出して授業が終了し教室を出て行くまで、わたしたちは一言も口をきかなかった。


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