額を殴打するキャミニティドレス



互いの息遣いがわかりそうなほど密着し、惚けたように僕を見上げる苗字の黒い瞳。彼女の背筋がぴくりと震えるのを腰を支えた手のひらで感じながら内心ため息をつく。
尻尾を出しやしないかと多少の期待を胸に迫ってはみたもののまったくその気配はなく、あっさりこちらの手の内に落ちてくるのかとおもうと失望する。なんだつまらない、これでおしまいか。

(少しは楽しめそうだとおもったけどね)

媚びることもなければ靡くこともなく、まして僕にみじんも興味すらない態度に多少興味をそそられたのは事実。しかしそんな高揚感も探究心も見る見るうちにしぼんでいく。
杞憂で済んだとはいえ貴重な時間を無駄にした。寮で課題でもやっていた方がまだいくらか有意義だったじゃないかと冷めた気持ちで、苗字から離れようとした時。唐突に彼女の両手がするりと伸びて、僕の両頬に添えられたのだ。
もうこれ以上付き合うのはごめんだ。上手くかわそうと口を開きかけたその瞬間、

「なっ――――!?」

声をかける間もなく走る額への衝撃。視界がぶれて脳がぐらぐらと揺れる。それと同時に胸を両手で押されてよろめいて背後のベッドに情けなく座り込んでしまった。
一瞬痛みを感じないほど鋭くキレのあるそれは、いわゆる頭突きというやつで。
おもわず呆気にとられていると、肩で息をしている苗字がびしりと人差し指を突きつけて、

「あんたの取り巻きと一緒にするんじゃない!」

大きな声がびりびりと医務室中にこだまする。らしくもなくぽかんと口を開けたままの僕に、ふんと鼻をならして踵を返した苗字は出入り口の扉に手をかけてもう一度振り返った。

「あんまり女をなめないでよね」

捨て台詞と舌打ちをひとつ僕に投げつけて、これでもかと言うくらい力強く閉められた扉をぼうっと見つめていた。
心からの驚き、そして戸惑いや疑問を久しぶりに感じたせいかしばらくそこを動けず、しばらくした後額の鈍い痛みで我に返る。指先で触ってみると少し腫れていてぴりぴりと小さく痛みを主張していた。
僕の口からぽろりとこぼれた言葉が静まり返った医務室に嫌に響く。

「懐かしいな」

こんな痛み、今の今まで忘れていた。


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