ひとりじょうず | ナノ




第二章
   └二





『いつまでむくれてるんです』



もう何度目だろうか。

すでに絹江が退散した部屋で、薬売りの問いかけに結は一言も答えず、視線も向けないまま手元の天秤を指で揺らしていた。




『…仕事の一環でしょう…』


ついつい呆れたような言葉が口から出てしまう。





「…………」



結が無言のまま睨む。





(しまった……)



その表情を見て、地雷を踏んでしまったことに遅ればせながら気づいた。





「仕事…そうですよね、仕事ですもんね!それに…お館様も美人だったし…それにそれに…」




結は再びぷいっと外を向いてしまった。





「わ…私が怒る…理由だって…ない、は…」

『…………』



言い終わる前に、結の体はすっぽりと薬売りに包まれる。




「……………」

『……続きは?』




ギュウッと締め付けられる腕。




「…薬売りさんの助平」

『……………』

「薬売りさんの女好き…」

『……………』




息が掛かりそうな距離で覗き込まれて、結は言葉を無くしてしまった。





『……終わりですか?』

「……………」




唇を尖らせているものの、結に勢いは無く。

ただ、頬を染めて俯いているだけだった。




「………今日は抓ったり爪を食い込ませたりしないんですね」




小さく呟く結に、薬売りはふっと笑った。




『…長いこと一人きりにしてしまいましたからね、今回は』



そう言って結を持ち上げるように膝に乗せた。




「…!こ、子供じゃないんですから!」

『はいはい』








窓辺からのぞめる町はまだ賑わいを見せず、静かに景色だけが広がる。

少しだけひんやりとした空気の中、二人はゆっくりとその時間を過ごしていた。







チリンッ





…天秤はそっと二人のそばを離れて、ゆらゆらと体を揺らす。




そんな、朝。



― 第二章 小話・了 ―

あとがきに続く


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