番外章(六)
└五
女の子…みよは、全く俺を怖がる事なく、無邪気にキャッキャと笑う。
みよがポンッと鞠を投げれば、俺は思わずそれに飛びついてしまう。
「…ハッ!!またいぬみたいなことを…」
「わんわんじょーずー」
何で俺はこんな事を…
そう思わなくもなかったけど。
楽しそうにはしゃぐみよと一緒にいるのは楽しいと、素直に思った。
きっとこの子は、俺が怖い祟り神だなんて知らない。
そう考えただけで、心がフッと軽くなる気がした。
「……よー、みよー!」
しばらくそうして遊んでいると、草むらの向こうから女の人の声がした。
みよはパァッと表情を明るくする。
「あ、おっかあ!」
「…おかあさん?」
「そー!みよのおっかあ!」
みよは満面の笑みで答えると、転がっていた鞠を抱えた。
そして俺の前足に、そっと頬を寄せる。
「わんわん、またあそぶ?」
「え……?」
「またみよとあそぶ?」
首を傾げながら、子供らしいキラキラした瞳で俺を見上げるみよ…
不意にさっきの狗神憑きの男の子の表情が頭をよぎる。
途端に思い出したように俺の胸がギリッと軋んだ。
「……っ」
(お、おれは…あんなこと、ぜったいしない…!)
みよの、この小さな体を、このキラキラした瞳を、俺は絶対に壊したりしない。
そう、心に決めて俺は小さく頷いた。
「…やったー!」
みよは嬉しそうに飛び跳ねると、飛び切りの笑顔を見せた。
「みよ、おうちかえるの。わんわんも、またね」
「うん」
小さな紅葉のような手を振って、みよは草むらの中に消えていく。
程なくして、「おっかぁ!」と言う甘えたような声を聞いて、俺もその場から走り去った。
きっと、仲間のいる森に帰ったら、また嘲笑われるだろう…
でもさっきよりもずっと心は元気だ。
長老に叱られても、仲間に馬鹿にされても、今日は泣きべそをかかずにすむかもしれない。
俺は何度もみよの笑顔を思い出しながら、夕焼けの空を走った。
→5/21[*前] [次#]
[目次]
[しおりを挟む]