締 章
└物語はつづく
― 締章 ―
好きな色は、きっと出逢った時から決まっていた。
「桜、綺麗ですねぇ…」
『…上向いて歩いてると転びますよ』
空の青に、薄紅の桜がよく映える春の日。
あなたがしっかりと手を繋いでいてくれるから、転びそうも無いのに。
変わらず心配性な薬売りさんに、私はこっそり笑みを漏らした。
『…そうだ…』
「え?」
薬売りさんは足を止めると、懐を探った。
取り出したのはしわくちゃになった…
「あー!捨ててくださいって言ったじゃないですか…!」
私が彼に宛てた、別れの手紙。
薬売りさんはフッと笑うと、おもむろにそれを破きだす。
「!?」
ビリビリと音を立てながら、手紙は細かく刻まれていった。
その時、ふわっと桜の香りを乗せて春風が吹く。
すると薬売りさんは、破いた手紙を空に舞い上げた。
「あ…!」
ひらひらと舞う紙切れは、まるで花吹雪のように散った。
風に煽られた桜の花びらと、紙切れが混じり合って空に溶ける。
消えていったのは"さよなら"の文字なのかも知れない。
そんな風に思った。
『…さ、行きますか』
薬売りさんは満足したように、襟元を正した。
(…あ!)
その隙間から、ちらりと菫色のお守りが顔を覗かせる。
私は嬉しくなって、こっそりと笑うのだった。
「本当にいい天気ですね」
『…さっきから何回言ってるんです』
「だって…空が綺麗だから…」
『……空の色なら見上げなくても…すぐそばにあるんでしょう?』
「……っ!」
薬売りさんの言葉に、カァッと頬が熱くなる。
『…これからどうせ二人だけなんですから』
「はい…」
『わざわざ見上げなくてもいいんじゃないですか?』
「…ずっと薬売りさんを見てろってことですか?」
赤くなった私をからかうように、薬売りさんがニヤリと笑った。
―好きな色は、きっと出逢った時から決まっていた。
"来なさい"
空のような、あなたの着物の色。
"私と一緒に、来なさい"
吸い込まれそうな、あなたの瞳の色。
これからはずっと隣にある。
『…さ、いきますよ』
― ひとりじょうず・完 ―
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