最終章
└十八
大きな手が敷布を掴んで手際よく取り込んでいく。
私は振り返って手の主を見た。
「…弥勒くん!」
「……よっ」
弥勒くんは洗濯物を抱えると、照れ臭そうにペコッと小さく頭を下げた。
「他のも取るか?」
「あ、うん、高い所のを取ってもらえる?」
「おう」
短く返事すると、弥勒くんは高い物干しから洗濯物を回収した。
(…弥勒くん、背が高いもんなぁ)
私は久々に見る彼の横顔に、思わず頬を緩めた。
「…よし、これで全部だ」
「うん、ありがとう!」
二人で洗濯物を抱えたまま縁側から部屋に上がる。
そしてお互い、示し合わすでもなく向かい合わせで洗濯物を畳み始めた。
両手を広げて敷布を畳む弥勒くん。
その腕に包帯が巻かれている。
「…もう怪我は大丈夫…?」
私の問い掛けに、弥勒くんの手がピタッと止まる。
弥勒くんは思いつめたような表情を一瞬見せると、無言のままに頷いた。
「薬売りの薬と、八咫烏様のお陰でだいぶ良くなったよ」
「そっか、痛まない?」
「うん……あーーーー」
「!?」
弥勒くんは溜息のような声を漏らすと、そのままパタリと仰向けに倒れる。
一体どうしたのかわからない私は、彼の様子を窺うように息を詰めていた。
「…狗神って、強いんだな」
「本当にごめんね…痛い思いさせちゃって…」
「いや、結のせいじゃないし、そう言うことじゃないんだ」
弥勒くんは大の字に寝転んだまま、ぼんやりと天井を見ている。
私は洗濯物を畳む手を止めて、弥勒くんを見ていた。
「…俺さ、今回のことですごく自分が無力に感じてさ」
「そんな事…!」
「あるんだよ、怪我をしたとか抜きにしても、やっぱりここ一番にその場に居られないって…何かこう…悔しいんだ、すごく」
「弥勒くん…」
私はそっと彼の顔を覗き込む。
弥勒くんは寝転んだまま、私を見上げた。
「あのね、私、弥勒くんには本当に助けられたよ。形や方法は違っても…弥勒くんにも白夜にも、すごく助けられた」
「結……」
「ありがとう…ちゃんと御礼、言えてなかったよね。ありがとう、弥勒くん」
弥勒くんはジッと私の言葉を聞いていると、突然ぴょこっと起き上がった。
そしてちょっと困ったように笑うと、私の頭をぐしゃぐしゃと撫でる。
「わ…っちょ、弥勒くん!」
「あはは!ありがとな、結!」
いつものように明るい笑顔を向けると、「でも」と呟いて弥勒くんは手を止めた。
「本当の御礼は…結がこの先何十年も生きて、それで最後の最後にふと"そういえば"って思い出してくれた時でいいんだ」
「最後の最後…?」
「そうだ。そのときに"あーこんな事もあったな"って思い出してくれれば良いんだ。たぶん…"導き"って……そう言うことなんだ」
そう言うと弥勒くんは、穏やかで柔らかい笑顔を浮かべた。
(あ…この表情…)
「…俺、強くなるよ。喧嘩とかそう言うのだけじゃなくて。迷ったり泣いたりしなくなるくらい、強い心を持てるようになるよ」
力強く言葉を紡ぐ彼の顔は、とても優しくて。
(…やたさんと同じ笑顔だ…)
それに気付いて、私の心はぽかぽかと温かくなった。
私はそっと弥勒くんの手を両手で包む。
「…でも…」
「え?」
「一緒に迷って、泣いてくれる弥勒くんだから、救われることもあるよ…?」
「……っ」
弥勒くんは泣くのを堪えるようにキュッと唇を噛むと、すぐにニカッと笑った。
「じゃあ…強くて泣ける奴になったら、俺最強だな!」
「あはは、そうだね!」
私の手をギュッと握り返すと、ぶんぶんと振り回した。
いつもの無邪気な表情に混じる、精悍な雰囲気。
彼の優しさと強さに、何度助けられただろう。
(ありがとう、弥勒くん…)
「私、応援してるよ、ずっと応援する!」
「おう!ありがとな!」
私達は手を取り合って笑いあった。
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