第九章
└十七
どれくらいそうしていただろう…
ほんの数分だったか、数秒だったか。
白夜と見詰め合う時間はとても長く感じた。
「……僕は…君を…」
呆然としたままの白夜がぽつりと呟いた。
「僕は…君の世界を…救えなかった……?」
搾り出すような声と共に、赤い瞳からぽろりと一筋の涙が零れる。
「白夜……」
「僕が…君を鬼にした……」
「…っ!ちが…!」
思わぬ言葉に慌てて否定しようとしたけど。
白夜はそのまま顔を俯けて口を噤んでしまう。
そして何も言わずに、木に刺さった刀を抜いた。
再び揺れた枝から木の葉が舞い落ちる。
「…………」
そのまま彼は私の方を見ないまま背を向ける。
「…白夜!」
名前を呼んでも彼は振り返らず、切っ先を払うと刀を鞘に収めた。
そしてゆっくりと歩いていってしまう。
「ビャク!!」
近くで控えていたベニちゃんが慌てて彼を追った。
でも、白夜はベニちゃんの声にも振り返る事無く…
「…ひとりでいい!!」
「っっ!!」
急に怒鳴られてベニちゃんはビクッと大きな体を止めた。
(…白夜……)
私はどうにも出来ないまま、彼の白い影は森の奥に消えていってしまった。
『…結…』
立ちすんだまま白夜の行った方を見つめていると、背後から声を掛けられて、私はハッとして振り返った。
「薬売りさん…!」
苦しそうな息をしながら胸を抑える薬売りさんに近寄り、彼の体を支える。
薬売りさんの体は、ぐらりと揺れながら私に凭れかかった。
『…何、で…庇ったりしたんです…』
「だ、だって…!」
『怪我まで…して…』
薬売りさんはゆっくりと顔を上げると、震える手で私の頬に触れた。
その仕草があまりにも柔らかくて。
どうにか引っ込めた涙がまた溢れ出してしまい…
「…薬売りさん…ごめんなさい…」
私はその手を握り返すのが精一杯だった。
薬売りさんは、いつにも増して青白い顔で、小さく笑う。
『…泣くんじゃ…ありませ……がはっ!!』
「薬売りさん!?」
咳き込んだ薬売りさんの口から血が零れた。
そして凭れていた体は力なく倒れこむ。
「薬売りさん…!?薬売りさん!!」
私は薬売りさんの体を抱きかかえながら、彼の名前を何度も叫んだ。
でも、薬売りさんが返事をすることは無く…
彼はぐったりとしたまま、意識を戻さなかった。
― 第九章・了 ―
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