ひとりじょうず | ナノ




第八章
   └二十六



「…悪いけど、今日はここで休むよ?」

「ここ…?」




白夜に連れられてきた場所は、山の中にある洞穴のような場所だった。




「洞窟って言うか洞穴って言うか…まぁ、結がいた宿屋より寝心地は悪いのは確かだけど」



白夜はおどけるように肩を竦めた。



「水や食料は降りて取って来れるし、ベニが居るから寒さも凌げる」

「うん、おれもふもふであったかいよ!」



ベニちゃんは嬉しそうに尻尾を振りながら私に身を寄せた。




「…といっても、薪が切れそうだな。ベニ行って来てよ」

「えーおれも結といっしょにいたいー」

「何だよ、急に我侭になって。結が寒いでしょ、早く行って来て」

「ちぇー」



ぶつぶつ言いながらベニちゃんは洞穴の外に向かった。



洞穴は随分と高い場所にあるようで、外の景色は山の稜線とそこからゆっくりと昇る朝日。

断崖絶壁のような場所を、ベニちゃんは器用に走り降りていった。





「…あんまり淵に立つと落ちるよ」

「うん…ちょっと怖いね」



入り口に立つ私に、白夜が声を掛ける。

私は少し振り返って笑うと、再び景色を眺めた。



ここは扇屋からどれくらい遠いんだろう?


薬売りさん達は、今どうしてるんだろう…




(…薬売りさん……)



最後に彼が触れた手首をぼんやりと見つめる。


あんな風になっても、薬売りさんのことが頭から離れない。

意外に私は諦めが悪いみたいだ。





「……それって後悔してる顔?」

「…あ」



ぼんやりとしてる私を、白夜が後ろから支えるように抱きしめた。




「…落ちるってば。結はそそっかしいんだから」

「……うん」




白夜は溜息を吐きながら、私のお腹の前で組んでいた手を空に向かって伸ばした。


夜の濃紺と朝日の白が混じる、不思議な空。

まだ少しだけ星が弱弱しく光っている。




「…僕が知ってた世界は…」



白夜はそう言って、両手の人差し指と親指を広げて四角く形取る。




「あの池から覗く、こういう空」




つられるように見上げると、白夜の作った四角の中に"星のお池"で見た、切り取られたような空が見えた。


白夜はゆっくりとその手を下ろすと、再び私を抱きしめる。

そして肩口に顔を埋めると、小さな声で続けた。




「…でも、結の空はもっともっと、もっと広いんだ」

「…白夜…」

「あんな小さな空だけじゃない、結の広い世界…全部全部、僕が守るから…結が怖がる全てのものを、僕が遠ざけてあげる」




ギュッと白夜の腕に力が篭る。




「結の世界を、僕が作るから…ひとりぼっちになんて、しない」




掠れた声が私の胸を締め付けた。


悲しく響く言葉は、本当は何よりも嬉しかった。

それなのに、その言葉を言って欲しい人が傍に居ないことに泣きそうだった。



どうしてだろう。


いま一番欲しい言葉と温もりをくれているのは白夜なのに。

淋しく感じてしまうのは、きっと私の我侭なんだろう。





「…ありがと」





その内、この胸の痛みは薄れるのだろうか。

あの青い着物も、藤色の瞳も、思い出のひとつになるのだろうか。





"あなたが、好きです"




あの涼やかな声も与えてくれた日々も、何もかも。





朝日の光が滲んで見える。


眩しくて、胸が苦しくて。

目を瞑った途端に、頬を涙が滑っていく。


白夜に凭れるように立ったまま、私達はベニちゃんが戻るまで言葉を交わさないままでいた。


- 第八章・了 -


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