ひとりじょうず | ナノ




番外章(四)
   └一



― 番外章・翡翠の村 ―


ざくっ



一歩踏み出す度に、草を踏む音が響く。

時折、ぱきんっと小枝が折れて、薬売りさんが呆れた顔で振り向く。




『…そんなちんたら歩いてたら見つけられませんよ』

「はぁ…っはぁ…っだ、だって…」



私は大きく息を吐くと、額に浮かんだ汗を拭った。




辺りを見渡すと、深く生い茂った緑。

その木々の隙間から差し込む陽の光が、きらきらと眩しい。




『…言いだしっぺが何を気弱なことを…』



薬売りさんは肩を竦めて小さく溜息を吐いた。



……そう、今日は私が薬売りさんにお願いしてこうして出掛けているのだ。





「薬売りさん、この辺に安産祈願の神社とか無いんですかね?」

『安産祈願…あぁ、女将の?』

「はい!」




いつもお世話になっている絹江さんに、元気な赤ちゃんを産んでほしくて。

お参りと、ついでにお守りなんかも用意できないかって思ったのだ。




『…そう言えば…母子にまつわる謂れのある神社があったような』

「本当ですか!?どの辺に!?」

『…遠いですよ、結構山奥です』

「えっ!」




私の反応を見て、薬売りさんがクスッと笑った。



…実は、この扇屋に来てだいぶ経つものの。

私はどうやら地理を覚えるのが苦手らしく…


あちこちに行っているようで、この辺りから少し離れると全く道がわからなかったりする…





『ふっ…結は方向音痴ですからね』

「…っ!!そ、そんな事…」

『無いんですか?』

「あ、あります…たぶん…」

『たぶん?』

「………絶対?」




薬売りさんは一通りからかうと、くつくつと喉の奥で笑う。




「あ、あの!そんな訳で方向音痴なので!連れて行ってくれませんか?」



少しだけ込み上げる恥ずかしさを隠すように、むくれながらお願いしてみる。

すると薬売りさんはフンッと鼻で笑うと、私をじっと見た。




『…ほぉ…本当に行けますか?』

「へ…?ていうか、薬売りさん近…」

『結のようにいかにも体力の無さそうな娘に行けるでしょうかね?』




じりじりとにじり寄りながら、薬売りさんが意地悪な笑顔を浮かべる。

追い詰められながらも私は、しっかりと頷いた。





「だ、大丈夫です!私だってやる時はやるんです…!!」



すると薬売りさんは、にっこりと綺麗な笑顔を見せる。




『そうですね、結はやればできる子です』

「う、え、は、はい…」





…そんなやり取りをして、私と薬売りさんは絹江さんの安産祈願へと向かった訳なのだ。



けれど。




「はぁ…はぁ…薬売りさ…ちょっと待って下さい…」




いざ、薬売りさんと向かった先は、鬱蒼とした山奥で。

今なら私が頷いた後の、薬売りさんのあの嬉しそうなにっこり顔の意味がわかる。





「く、薬売りさん?あとどれくらいで…」



歩き慣れない山道はどんどん私の体力ばかりを削って行く。

薬売りさんは、そんな私にお構いなしに飄々と荒れた道を登っていった。




『…まったく…結はやればできる子なんじゃなかったですか?』

「う…返す言葉もございません…」



呆れた顔をしながら薬売りさんは私に向かって何かを差し出した。




『仕方のない子ですね。ほら、口を開けなさい』

「え?口??」

『早く。ほら、あーーん』

「あ、あーーー…んぐっ!?」




薬売りさんがポイッと何かを私の口に放り込んだ。

瞬間、口の中に甘い味が広がる。




「んんっ、べっこう飴…?」



コロコロと口の中で転がすと、じわじわと甘味が沁みていった。




『…ふっ、結もまだまだ子供ですね』

「…………」

『美味しいですか?さ、もう少しだから頑張りなさい』



(うーーん…)




まさに飴と鞭……??

しかも単純なもので、何だか元気になったような気がしてしまっているのだからどうしようもない。




「私って…本当に子供なんだ…」

『…?何か言いましたか?』

「いえ…何でもないです…」



悔しいやら嬉しいやら。

私はコロコロとべっこう飴を転がしながら、ざくっとまた一歩踏み出した。



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