第五章
└十
― 三ノ幕 ―
私の胸ほどまである牡丹は、近くで見ると圧倒されそうなほど美しかった。
「すごいなぁ…」
大輪の花は、丸く見事で思わず見とれてしまう。
私は牡丹を眺めながら、ふと弥生さんのことを思い出す。
さっきここを案内してくれたときに、弥生さんは本当に愛しそうに牡丹を見つめていた。
大切な大切な宝物を見るような…
優しくて…それでいてどこと無く悲しそうな瞳だった。
「きっと本当に大切な花壇なんだろうなぁ…」
私は大きく深呼吸すると、
「…よし!頑張ろう!」
気合を入れなおして手入れを始めた。
「あはは、結!頑張りすぎてバテるなよ!」
弥勒くんが肥料を運びながら笑う。
「だ、大丈夫だよ!」
…さっきまで少し様子がおかしかった弥勒くん。
今はいつもの元気な弥勒くんだ。
(やっぱり気のせいかなぁ…?)
私は不思議に思いながらも、少しだけホッとしてた。
弥勒くんの様子がおかしいって事は、また何か事件が起こる確率も上がる訳で。
(もしここで何か問題を起こしたら…)
ここに送り出してくれた薬売りさんや、応援してくれてる絹江さん、庄造さん。
それに、わざわざ着いて来てくれた弥勒くんに申し訳なさ過ぎる。
「私は私の出来ることを…!」
今はとにかくこの目の前の雑草を…!!
「ん…しょっ!」
私がしつこく根を張る雑草と戦っていると、弥勒くんの声が聞こえてきた。
「…うーん…」
額に浮かんだ汗を拭いながら弥勒くんのほうを見ると、彼は首を傾げて何かを見ていた。
「どうしたの?」
歩み寄ってみると、弥勒くんはぼろぼろの紙切れのようなものを手にしていた。
「…何だろうね?」
「うーん…何か書いてあるように見えるんだけど…」
覗き込んでみると、確かに筆の跡が見える。
でも、長いこと外にあったのだろうか。
すでに滲んでしまい、紙も崩れてしまっている。
「何だろうねぇ…」
ふと弥勒くんを見ると、何か考えている様子。
「…弥勒くん?」
「え…あ、あぁ、まぁ気にすること無いだろ!」
「うん…?」
弥勒くんはニッと笑って、再び肥料を撒き始めた。
(やっぱり何か変なんだよなぁ…)
首を傾げながら私も自分の仕事に戻ろうとした時。
「お疲れ様、お茶を入れたから休憩してくださいな」
弥生さんが縁側から顔を覗かせた。
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