「ん……」
差し込む光が眩しくて、思わず眉を顰める。
ああ、朝か、すぐにそうわかったのに重たい瞼はなかなか開いてくれなくて。
微かにコーヒーの香りが鼻孔を擽るものの…
(…うっ…イタタ…)
次の瞬間に襲ってきたのは、ガンガンと響くような頭痛。
(そうか…昨日…)
だんだんと蘇ってくる記憶と共に、気怠い体をゆっくりと起こした。
『…起きましたか?』
「……へっ」
起き抜けに声を掛けられて、素っ頓狂な声が出た。
ハッとして声の方を見ると、そこには呆れ顔の見知った人物が……
「えっ!?薬売り先輩…え!?なんで!?」
『……はぁ』
慌てる私と対照的に、彼は面倒そうに溜息を零すと手にしていたマグカップを傾ける。
(何…何なのこの状況は…!?)
言葉を失いながらも、こっそり部屋を見回してみれば。
見たことのない家具。
見たことのない天井。
…そしてなぜか先輩。
(昨夜何があったんだっけ…!?)
思い出せ、思い出せ自分…!
確か昨日は…
「あ…自棄酒…」
―そうだ、昨日、私はひとりでバーに行ってたんだ。
自棄酒の理由は、ありがちに“失恋”
と言っても、別にお付き合いしてた訳でも告白して振られた訳でもない。
ただひとり、勝手に憧れて勝手に失恋したのだ。
「小田島先輩、加世先輩と結婚するんだって!」
そんな噂が耳に入った。
小田島先輩は同じ部署の先輩で、男らしくてちょっと熱くて…
自分の周りにいないタイプだったから、密かに憧れてた。
でも経理課の加世先輩と一緒にいるところを見掛けてから、二人が付き合ってるって話がちらほら。
ショックを受ける間もなく、二人の結婚の報せを受けた。
それで私は“大人の女”よろしく、静かなバーでひとり、この恋の終わりを迎えたのだ。
…いや、“迎えたはず”だったのだ。
『思い出しましたか?』
「…な、何となく…」
薬売り先輩は呆れた眼差しをこちらに向けながら、再びコーヒーを飲んだ。
―彼は、同じ部署であるものの、あまり関わりはない。
技術系専門職の畑の人だから、正直、どんな人なのかもわからないくらいに関わりがないのだ。
ただ、端正な顔立ちの割に、いつも無表情で。
一部の女の子達が色めき立っていたのは知っている。
でも、なんで先輩が…?
『…仕事終わりに行きつけのバーに入ったらカウンターに貴女がいて』
頭の上に“?”を浮かべてる私を見かねて、先輩が話し出す。
『既にだいぶいい感じになってましてね。私が近づくと“へっ”て笑うんですよ』
「え…」
『えぇ、先輩に対して言うに事欠いて“へっ”』
「す、すみません…」
『…で、呂律の回らない言葉を聞いてみれば失恋の自棄酒とか』
「!!」
『散々一方的に話し終わると、急に突っ伏し眠り始めまして。タクシーに乗せようにも住所も言えない状態なので仕方なくうちへ』
「す、すみません……!」
…な、なんてこったい。
何が“大人の女”か。
ただの迷惑な酔っぱらいではないか…!
『…ふっ』
「!?あ、あの、本当にご迷惑をかけて…!」
『いや、思い出してたんですよ。部屋に入った途端の貴女の脱ぎっぷり』
「へっ!?…あああああ!?」
先輩に視線を落とせば、もろ下着姿。
慌ててベッドカバーを胸元に引き上げたが、先輩は相変わらずクツクツと喉の奥で笑いを殺していた。
『念のため言っておきますが、自分で脱いだんですからね』
「……」
『その後そのままベッドを占領して眠り、私は家主なのにソファーで寝る羽目に』
「す、すみません…」
もうすみません以外の言葉が見つからない。
なんという大失態。
まだ友達の前なら笑い話にできたかも知れない。
でも、会社の先輩が相手ではもう致命傷だ。
(終わった…私の社会人生命終わった…)
『それにしても…』
「ひぃ!まだ何か…!?」
『案外、わかりやすいタイプが好きなんですね』
「!!」