午前の授業シメは化学室での実験だった。
化学というより魔術か錬金術なのではないだろうかという摩訶不思議で奇妙奇天烈な実験も、
長い長い説明で手順を覚えこまされた生徒達はだいたいみんな無事に完了している。
カルラは説明途中で居眠りをしてしまったが、なんとか実験は終えることができた。
フラスコに小人が…いや、きっと見間違えだろう。
すぐに皇先生に回収されてよくは見えなかった。

「何だかおかしな実験だったね」

カルラが隣の机で実験していた猫市に話かけると、自分の足元にある影を困った顔で見ていた猫市は慌てたように振り返った。

「どうしようカルラちゃん、影ちゃんフラスコごと食べちゃった…」
「えっ、お腹壊さない?」

影ちゃんは食べ終わったのか猫型を取ると、あくび一つして機嫌良さそうに猫市ちゃんの脚に擦り寄った。
見たところ元気そうだ。中に入っていたのは、ペロっと食べてしまうくらい影ちゃんのお気に召すものだったのだろう。
猫市ちゃんは申し訳なさそうに皇先生にそのことを報告しにいった。

時計の針は正午少し前を指していて、授業はもうすぐ終わろうとしている。
生徒達は実験に使用した器具をそれぞれ班ごとに片付けていたが、チャイムが鳴った途端、
片付けもそこそこに興奮気味に今日の実験のことなどを話しながらガヤガヤと教室から出ていく。

鹿尾菜ちゃんなんかは、もうすぐ助っ人に入る部活が試合をするということで、
お昼休みに運動場でバスケとかサッカーの練習をやったりと一分たりとも無駄にしたくないというように真っ先に飛び出していった。
なんでも、草…なんとかっていうキャラの薄い本がかかってるので絶対に負けられないらしい。

四巡は購買のパン争奪戦に参加するとかで、鹿尾菜ちゃんにも負けないスピードで出ていった。
片付け終わってない。あとで焼きそばパン没収してやる、とカルラは四巡の分まで片付けをはじめる。

何だかんだと積み重なって他班を手伝っていると、突然何かの切っ掛けで、ぼーっとしていた綾香ちゃんが叫び声を上げた。

「うわぁあああッ、何で、此処どこって…またこんな服着て俺どうなって…あれ!?もうお昼!?」

我に返ったらしいのは綾人君で、右往左往になっている。
これは何回かあったことなので、クラスの人は驚でもない。
なんとなく彼(彼女)の事情を察しているようだ。
自分の服装に驚いている綾人くんを残ったみんなで落ち着かせて、片付けはするから早く着替えておいでと先に教室に返すことになった。

カルラはお弁当食べ終わったら図書館に行きたいなと思いながら、結局最後まで片付けの手伝いをすることになる。
たまに、被ったネコが重い。授業中に爆睡漕いでおいて今更だけれども。
大あくびしながら、適当に片付けた器具を纏め教卓に置いたとき、背後から肩を叩かれた。

「お疲れ様です」

そう声をかけてきたのは先程まで準備室の方にいた皇先生だった。
カルラは振り返ってぺこりと頭を下げる。

「どうも。今日の実験面白かったです。」
「そうですか、良かった。楽しく学ぶ事が一番ですからね。」

その通りだと思うけれど、それにしては実験内容と授業後に回収したフラスコの中身が気になるカルラだった。
うーん、この化学室でよく研究をしているという噂を聞くけれど、その材料にでも使うのかしら…。
一瞬そんな思考を巡らせていると、皇先生が白衣の胸ポケットに腕を伸ばす。

「そういえば、これをカルラさんに差し上げようと思いまして。」

開かれた手のひらの上に乗っているのは、きらきらと綺麗な包み紙に包まれた何か。キャンディーだろうか。
不信感もあらわに、カルラは皇先生が手のひらに載せているものを見た。

「なんですか、それ」
「チョコレートですよ」

チョコレート、という言葉に少しだけ興味をそそられる。
カルラの反応を見て取ってか、包み紙の両端を摘んで、器用に包み紙を外した。

出てきたのは確かに茶色い塊だった。
一見、ただのトリュフチョコレートだ。いや、でも、この先生に限って…。
眉間に皺を寄せて、チョコレートと言っている物体を睨みつけた。

先日、隣のクラスの騎士君が罰か何かで皇先生の実験に付き合わされてひどい目にあったと言うのは聞いている。
皇先生は、にこにこと笑って、チョコレートをつまみ上げた。

「美味しいですよ。遠慮せずどうぞ。」

そう言いながら、にじり寄ってくる。

「え」
「チョコレートが好きだと聞きましたが」
「はい、まぁ。で、でも、もうお昼ごはん前ですし」

いりません、と言いたかったが気圧されて言えない。な、何なの。
カルラは少し危機を感じて身を引く。が、いつの間にか、教卓に追い詰められていた。一歩後退り背中に教卓があたってそれを知る。
断れないなら、なんとか逃れられないかと室内を見回すがいつの間にか誰も居ない。
そういえば、猫市ちゃんはどうしたんだろう。

「早く食べてしまわないと溶けてしまいます」
「う…」

何だか、コレ以上黙っていると無理やり口に捩じ込まれそうな気迫があった。
断りきれずに、恐る恐る受け取る。

そして、思い切ってえいっと口に含んだ。

チョコレートの風味は豊かで高級なものだと分かる。
ホッとしたのも束の間、中から何かがとろりとあふれた。

瞬間、カルラは叫び声を上げないだけで必死だった。

「〜〜〜〜ッ」

辛い、めちゃくちゃ辛い。
火を噴くんじゃないかっていうくらい辛いのに、奇妙なことに味覚としては、死ぬほど甘いのだ。
何をどうしたらこんな涙がでる程に辛い、吐くほどに甘いものが出来るのか。
口の中が痛いそして苦しい。訳がわからない。

目を回しながらカルラは口を抑える。
涙目で、吐き出したい情動を耐える。本人の前ではいくらなんでも吐くわけにはいかない。

理性を振り絞って、目の前にいる皇先生を突き飛ばしてでもその場から逃れようとした。
突き出された腕を皇先生はいとも簡単に絡めとる。ぎり、と掴まれた腕に力を込められて、また別の痛みに顔を顰める。

何をするんだ、離して、と涙目で睨みつけた。
見上げた皇先生は壮絶に嗤っていた。ニタリと表情が歪む。

「私の授業で居眠りした、罰です」

その言葉と表情にカルラは内心悲鳴を上げる。
渾身の力で腕を振りほどき、カルラは自分の持ち物も置き去りにして化学室を飛び出したのだった。

カルラはその後しばらく大好きなチョコレートを食べず、居眠りもしなかったという。






2012/03/02
2年2組の面子お借りしました。
イメージとの相違点がございましたら、何卒ご容赦ください。
居眠りお仕置き。某方とのTLでのやり取りから着想です。
もっと先生にはゲスなことさせようと思ったのにな…。




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