悪夢に支配されていた。殺し合いをするという。嫌にリアルな色も匂いも質感も全部現実と変わらない。
カルラはその状況をどうにかしたくて、大切な沢山を理不尽に失いたくなくて。状況に翻弄されて流されていく。
何もかも分からなくなって夢だというのも忘れて、夢に囚われた。
夢は彼女の現実に成り代わった。
ただ起こる目の前の事だけにカルラは対処する。真っ赤だった、全部が怖い。体が痛くて、胸が苦しい。
誰か、助けて、いや、その誰かは殺さないと。嫌、殺したくない、もう殺したくなんて。
また目の前で大切な人が殺される。私は絶叫する。
生暖かい血しぶきで全身濡れて、カルラは泣きながら笑いながら喚きながら、血の沼に膝を折った。

唐突に大きな衝撃に襲われてすべての風景が薄れて掻き消えて、反転。

誰かの声がする。
意識が浮上したが、熱に浮かされて重たい頭はまったく回らない。
嗚咽が漏れていた、息が上手く吐けなくて、酸素が足りなくて大きく喘ぐ。
ここが何処だか一瞬わからかった。ぼやけた黄みがかかった白の視界の中、側に人影がある。その人影に手を握られている。
捕まった。逃げないと。夢の余韻が残るカルラは身を強張らせた。
もう一度、声。名前を呼ばれている。優しく、強く。
その声がとてもとても好きだったことをカルラは思い出して、声の方へ焦点を合わせ、それが鏡藍先生だと認識する。
そしてくるりと自分の周りを改めて見る。
カーテンが引かれ仕切られた場所、自分は柔らかなベッドの上で、ここが保健室だとようやく理解した。
自分の体調がおかしなことになっていて、熱いのに寒い。ぐるぐる目が回っているような。
冷たい汗で全身がぐっしょりと濡れていた。ああ、赤くない。当たり前だ、あれは夢だったもの。

「先生、」

「ひどく魘されていた」

「起こして、くれて、助かりました……」

はあ、と深く息を吐き出して、瞬きをする。眦から涙がこぼれ落ちた。
顔がぐしゃぐしゃだ。慌てて制服の袖で顔をこする。
先生が視界の端で苦笑するのが見えた。
握られる手に少し力が加えられ、離れた。待って、と言いそうになって唇を噛む。
悪夢で魘されて泣いて起きて、起きても不安で心細いなんて、子どものようだ。
心配せずとも、先生は直ぐに戻ってきた。タオルを貸してくれる。
ぐらぐらする視界をどうにかしつつ体を起こして、石鹸の香りのするタオルにカルラは顔を押し付けた。
頭を撫でられる。その感触にカルラはやっと、本当に安心して微かに肩を震わせた。

カルラが高熱を出してぶっ倒れたのは午後の授業の半ばだった。
昼頃からずっと無理をしていたらしいことを保健室常連の猫市と保健委員の四巡から聞く。
鏡藍は、こうなる前に引きずってでも連れてこいと叱った。首を竦ませ、二人はしょげかえっていた。
彼女をすぐに早退させ医者に見せるべきなのだが、彼女の家に大人の人間はおらず迎えはない。
だから彼女は迷惑かけまいと限界まで耐えていたのだろうが、これでは自力で家に帰りつくことも、ましてや医者にかかるなどできそうにない。仕方なくカルラをベッドに運んで寝かしつける。
彼女の家に昔から下宿していて家族同様に過ごしているという同級生二人の放課を待つこととなったのだった。

そうして、寝ている間に彼女は魘されて、目覚めてなおひどく狼狽え、今また、少し泣いている。

あと数分待てば、彼らが来てカルラは家に帰れるだろう。
終礼のベルが鳴り、がやがやと廊下が賑やかになる。
カルラはタオルでごしごしと顔を、目の周りを擦りすぎて赤くなっている顔を上げた。

「先生、ありがとう」


保健室の扉が開く音、四巡とノアールの刺々しい会話。
パタパタと足音がして、カーテンが引かれると、猫市ちゃんがいた。

「あ、先生がカルラちゃん泣かせてる!?」

カルラの赤くなった目と握られたタオルを見て猫市が声を上げる。
鏡藍はすぐさま否定した。カルラも違う違うと顔を横にふる。
ひょい長身の四巡がカーテンの内側を覗き込んだ。カルラは少し渋い顔をする。 寝起きで色々ぐちゃぐちゃなのにそんな、断りもなく…。そんなカルラの束の間の嘆息に気がつくでもなく四巡は言った。

「なんですって…、わっ、鏡藍先生、カルラに何をしたんです」

その声にビシリと突っ込みが入る。冷たい声色は、ノアールだ。

「貴様ではあるまいに、この男が生徒に手を付けるわけがなかろう。それも、病人相手に。」

「俺だって、病人に手は出しませんよ」

ノアがゴミを見るような目付きで四巡を一瞥した。無言で切り捨てる。

「カルラちゃん、大丈夫?起きれる?」

「うん、もう大丈夫だよ。」

保健委員会があるらしくて、他にも先輩や後輩が保健室を訪れる。
わいわいと賑やかになる周りに、カルラは自然と笑みをこぼす。

…そう、大丈夫。あれは夢だった。ちゃんとみんな、ここにいる。
すこし熱でフラフラとするけれど、もう全然平気。

この日常が、壊されませんように。





2012/02/20
一期BRを夢で見た、魘されカルラちゃん。
ある意味IFクロスオーバーな感じ。




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