真夏の鮮烈で容赦のない日差し。黒いアスファルトが照り返し流れの滞った車両が控えめに掻き回し高層ビル群が湿気を存分に含んだ空気を閉じ込めていた。都市の中心部は恐ろしいほどに蒸し返している。
 麦わら帽子も全く役に立っている気がしない。片手に下げたビニール袋に入っているアイスクリームの数々だけが彼女にとって救いだった。早く家に帰ってシャワーを浴びてさっぱりしてからアイスクリームを食べたい。夏の楽しみといえばそれくらいだろう。
 てくてくとショーウインドウの並ぶ大通りを歩く。
 それにしても暑い。都会はコレだから。
 汗が顎のラインを伝うのを感じて、立ち止まりハンカチを取り出してうんざりしながら拭う。言うまいと思っていたのだがついぽろりと、暑い、と呟いてしまった。その呟きと重なるようにして「あーつーいー」と変に篭ったグダグタな声が足元から聞こえてきて、うっかり彼女は目を向ける。
 そこには黒尽くめの男が、だらしなくしゃがみ込んでいた。ガックリと頭を垂れて、もはやコンビニ前で屯するヤンキーと大差ない。暑さでやられてしまったのだろうか。
「あつーいー、いつ迄待機してりゃいいんだよー」と再び声。
 彼女は普通ならそこですぐに立ち去るのだが、その男の決定的に変な所を発見してしまった。何か顔に黒いものを付けている。なんだろう。そのせいで声が篭っている。
 訝しげな彼女の視線に気がついたのか、その男が顔を上げた。男の顔を覆っていたのは黒猫をモチーフにした、であろう仮面。そりゃ暑いだろう、と彼女は思った。真夏に黒尽くめ、しかもよく見ればカッチリした高そうなスーツだ。こんなカンカン照りの日向でその格好は…、もしかしたらバカなんだろうか。それとも何か耐久レース中なんだろうか。せめて木陰にでも移動するか、店に入ればいいのに…。
 仮面越しに、じっと目が合っている気がして彼女は気まずさを覚え、おずおずと会釈をした。そして、とっても暑そうで可愛そうなので、コンビニの袋からアイスを一つ取り出して男に差し向ける。

「あのこれ、よかったら。さっきそこで買ったアイスです。」

「アイス!?まじで!?俺にくれんの?いいの!?」

 彼女がこくんと一つ頷くと、男は見ず知らずの人間からあっさりと受け取ってその場で剥きはじめる。そして仮面をずらして食べ始めた。仮面の下から現れた顔が予想以上に若く造作が良かったので彼女は思わず怯む。綺麗な金髪と、その色と同じ瞳が光を弾く。

「…お嬢ーさん、ありがと。」

 アイスを咥えながらにっこりとお礼を言われて狼狽えた。
 何か、すごく色っぽい。何でだ。

「あっ、はい、どういたしまして、ええとっ、人を待ってるならあっちが涼しいですよ!それじゃ!」

 それだけを言うと、顔を赤くした彼女は暑い中急いでそこから走り去った。


 猫はアイスをすぐに齧り終えると携帯を開く。適当な番号を呼び出してコール。

「もしもしー?あ、丁度いいとこいるみたいだね、俺のいるところから信号2ついったところに麦わら帽子の女の子いるでしょ。…そ。その子。住所押さえといて。んじゃ」

それだけを指示して、パタンと携帯を閉じ、唇の端についたアイスの甘い雫をぺろりと舐めとった。

「…ごちそうさま」



後日、彼女の家に見知らぬ会社からどっさりアイスが届いた。







2011/07/24
猫の恩返し、なんちゃって
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