一つの獲物を追っていた。
柔らかそうな少女だ。

誘われるように人目に付かない細い路地へと入ってゆく獲物を早々に狩ってしまおうとナイフに手を伸ばしたそのとき、突然景色に揺らぎを見た。
影が凝るようにして人間の影をつくり、瞬く一閃、ぐらりと傾いで地面に倒れた獲物に死廻は目を見開いた。

(横取りされてしまった?)

一瞬にして仕留めた少女の血溜まりの側に立つ殺人鬼がうすく嗤っている。
同じ獲物を狙う人殺しが居たのに全く気がつかなかった。
そこに何時から居たのかと死廻はぞっとし、そして横取りされた怒りよりも深く驚嘆した。

獲物を見下ろす殺人鬼は、色素の薄い髪と抜けるような肌をしていた。骨格は細い、だが男のものだ。
時折陽炎のように揺らめいて見えるその人は、今まで見てきたどの獲物より美しい身体をしている。

これは何だ。
幻覚か、身体に飢えすぎて自分が狂ってしまっているとしか思えない。

それほどまでに理想的。
その殺人鬼にどうしようもなく、惹かれた。

これは現実なのか、確かめようと気配を殺して背後から近付く。
一歩一歩、踏み出し近寄るたびに姿を鮮明にしていく。

その殺人鬼は、其処に実在していた。


(欲しい。)


欲求は即ち殺意となり、死廻は行動を起こす。その気配に反応したのか、振り返った殺人鬼。
薄闇の中輝く血色に濡れた瞳に、死廻は目を奪われる。その一瞬の虚を突いて前振りもなく流れるように繰り出される掌撃。
視界の端で捉えた攻撃は動作とは裏腹に重さを伴っていた。咄嗟に去なすことが出来ずにまともに喰らう。
何とか受け身だけは取ったものの、そのまま苦痛に崩折れた。

(しまっ、た。何をぼんやりとしているんだ)

意識が霞ほどの衝撃にすぐに立ち上がれずにいると、茫然と佇んでいた殺人鬼が近付いてくるのが見える。
すぐ側に屈んで腕を伸ばす彼の白魚のような指が死廻の額に触れる。

「…くっ、…」

流れた髪の間から見えた殺人鬼は女のように美しい顔をしていた。赤い唇、より深い血の色をした瞳で値踏みするような眼差しを死廻に投げかける。

(何をぐずぐずしている)

さもなければ、と睨みつける。
死廻の視線を受け流す彼の表情は何とも平然としたものだった。何かを考えているように、奥に倒れた獲物に視線を走らせる。

その隙を逃さずに死廻はナイフの柄を今度こそ掴んだ。

(殺さないなら その身体、貰う)

急所を目掛けて振りかぶり強く叩き込む。
ナイフを頭に突き立てられた男はよろめいて、呆気なく倒れた。

死廻は動きを取り戻した身体で立ち上がり、動かなくなった男の首もとに指を当て脈を確かめた。が、すぐに離した。
確かめる必要もない程に深く食い込んだナイフをゆっくりと抜いてゆく。髄液と血の絡む刀身を拭い仕舞いながら倒れた二つの獲物を比べ見る。
どちらも自分らしくない殺し様になった。血痕を残すと全く良くない。
体を傷つけるのも本当はしたくはなかった。あの状況では仕方がないか、と溜息をつく。

初めに目をつけて横取りされてしまったあちらの少女の具合はどうなのだろう、と歩み寄ってあちこち確かめる。
最初の一撃だけで見事に仕留められた姿。傷口は深く真っ直ぐだ。

(あの男は何者だったのだろう)

興味を覚えたがもう、殺してしまった殺さねばならなかった。
最近、少し何かがおかしい。時折、殺してしまうと何故か悲しい感覚に囚われる。何度も何度も繰り返してきた筈なのに。

さっさと死体を運んで身の内に凝る憂さを晴らそうかと長い髪を掻き上げた。

肌に、あるはずのない空気が揺れを感じた気がして、死廻は素早く振り返った。

ゆらりと立つ、影。
赤い瞳が嗤っている。

「っ…」

目を見張った瞬間、壁際まで弾き飛ばされる。
何が起こったのか把握しきれずに体を起こそうとしたが、ぐらりと視界か揺れて上手く力が入らず、体を起こすことすら叶わなかった。
混濁に喘いでいるうちに、体が安々と持ち上げられ壁に強い力で縫いとめられる。身動きがとれない。
場に不釣合な優しい手つきで髪の毛を払われ顎を持ち上げられた。苦痛に歪む顔をじっくりと眺められている。

目の前に居たのは、殺した筈の男だった。

生きている。
何故、生きている。

畏怖と歓喜が綯い交ぜになって死廻を支配する。

殺しても、死なない、美しい身体が目の前にある。
その事実に死の恐怖よりも慄いた。どろりと、思考が濁っていく。

(ああ、やっと出会えたのか、俺の求めたものに。)

この人に殺されるならば、仕方がない。いや、この人になら、殺されてもいい。


身体から力を抜いて、身を任せた。

諦めを表した死廻とは裏腹に、男は一つ頷いてこの場に相応しくないような穏やかに笑みを浮かべた。

身体を押さえる手が服にかかる。素早く服を剥ぎとりにかかる男に死廻は、ぎょっとする。
何を。
咄嗟に抵抗しようとしたときにはもう腕は絡め取られ、簡素な猿轡まで噛まされていた。
剥ぎ取るだけでなく拘束も兼ねているその所行に手慣れたものを感じ取ってたじろいだ。
予感に血の気が引き、体が震える。

男が薄闇の中で艶やかに嗤う。


「いただきます。美味しいと良いな」


肌に白い指が這わされた。







ハまれル




嵌れる
食まれる

知ってしまえばもう戻れない






2011/06/26

猫市さん宅「遭遇」死廻side。
哀川さんのこれのおかげでCatch&Releaseを学んだ死廻くんなのでした。

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