「吉津の、其れはどうした」
片瞑りの閉じた目を、男がさす。
久方ぶりに旧友に会った片瞑りは、友のその相変わらずな不躾な仕業に笑いを含みながら、のんびりと答えた。
「人に、やった。大昔のことだ。」
聞いて、友は目を丸くした。
「おやお前さん、人を好いていたか?」
体の一部を分けるとは、海の宮の人魚の君のよう。友と交わしあったあれはしかし、互いに不幸であった。
以来、妖は滅多に人に肉を分けない。
「いや、中立。これは特別。人の娘が、宿になりたいと云ってな」
「ふむ、異なること」
片瞑りの宿となるとはつまり、生を捧げ、清らなる体に精気を宿し、その身の死まで添い遂げるということだ。
「おれはその娘を気に入った。だから、婚姻の儀に彼女に飲ませ胎に溶かした。」
人の身で我らと交わり生きるのは難しく、宿を全うすることなど到底叶うまい。
片瞑りは彼女の覚悟を汲み、己の一部を与えることで憐れみを分けて娘に応えたのだろう。
この男はこれでいて、情が深い。
「して、その妾は」
「おれと長く生き、天寿を全うしたよ。あれはあれで、幸せな日々だった。」
とろけるような笑みを浮かべて、片瞑りは片目を撫でる。
片瞑りの残りの目が煌めく。
遠くを見る片瞑の瞳の中、友は、ぬばたまの髪をもつ可憐な乙女の後ろ姿を見たような気がした。
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