天から透明な雫が降る。
最初の一粒が空気中に残った光を交えながら、春の精気を吸い青々と茂った草葉上に落ちて弾けて散った。
続く雫がしとしと、と音を立てる。雨が降り始めた。

綿毛布にくるまって膝を抱えていた男が眠たそうな顔を上げて、もそりと動いた。
開かない片目をこすりながら「やれ、五月雨。翠雨がきた。」と言う。

男は綿毛布を体に巻き付けたまま窓に歩み寄り、開け放った。立ち込める湿気を胸一杯に吸い込んで、ほう、と息をつく。

短い前髪に覆われた男の額がもぞりと動く。
そこには、柔らかな肉に包まれた角があった。

「はて、額当ては何処へやったのか」

疼く角を指先で撫でながら、片目をきょろきょろとさせ埃っぽい部屋に視線を彷徨わせる。
見当たらない。
仕様がないので体に空いていた綿毛布を頭から被りなおす。

「…生きにくい世の中になったものよなぁ」

男がぼやく。
角を人に見られては、具合が悪いのであった。

生来、腰が重いのだが、早く往かねば風雲が、緑土が、その上に立つ者どもが待っている。

「雲が迷ってしまうよ。」

こうも、もたもたしていてはいけない。
額当てを諦め、昨今流行しているという山高帽を目深に被り、男はようやく体に纏っていた綿毛布を落とす。

「仕事、仕事。」




真物の下駄をっつかけ、表へ出た。


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