ノアールは正座で、未だ扱い慣れないそれに向かいあっていた。
片手の平に収まる携帯。その携帯は特殊な性質を備えていた。
任意の人物の性格と姿を模して性能が決まり、動く。
何より…
「見れば見るほどに、紫にそっくりであるな」
何故か猫耳が付いているが。オプションだろうか。
手の平の上でにこにこと幸せそうに笑っているとても愛らしい紫にゃん携帯の様に、ノアールは恐る恐るといった風に人差し指を差し出して優しく猫耳の生えた頭を擽れば、紫にゃん携帯は小さな腕を伸ばしてその指にじゃれついてくる。
目許を弛ませたノアールは紫にゃん携帯に唇を寄せた。
「メール機能を」
紫にゃんは心得ているとばかりに紫の携帯アドレスを復唱する。
「…この携帯を眺めていると、紫に会い抱き締めたくなる。今日はもう遅い故また明日であるな。……愛しておる。お休み、良い夢を。」
そう吹き込んで送信させる。
頬を染めた紫にゃん携帯が尻尾を立て耳をぴくぴく動かして送信完了を告げた。
「…お前も、もう休むがよかろう」
手の平から零さないよう紫にゃん携帯を慎重に充電器の側まで連れてゆき、そっと手の平から下ろした。
紫にゃん携帯がしっかりと充電器を抱えたのを確認して、ノアールも寝床についた。
――…そして、暫くした深夜。
コソコソという小さな物音に気がついたノアールが目を薄く開けると、枕元に紫にゃん携帯がいた。
充電を終えたらしい紫にゃん携帯は自力で充電器のある机からここまで来たらしい。苦労したであろうに。
何かを決意したような使命感を帯びた表情は着信があったからなのか。
よじよじと枕を上ってきた紫にゃん携帯に
「ノアくんも良い夢見てね」
と小声で囁かれ、甘酸っぱい感覚が心に満ちる。
紫にゃん携帯はそのままノアールに寄り添い丸くなり、すやすやとマナーモードとなった。
…この携帯とは巧くやっていけそうだとノアールは思い、再びまどろみに目を閉じたのであった。