「橙ちゃん」

声をかけられて足を止める。
振り返ると、そこにはカルラが立っていた。

「どうしたの?」
「んー…とね。」

要領を得ない回答と共に近付いてきたカルラに、橙は首を傾げる。
カルラはどこか思いつめた表情で橙の顔を見つめて、不意に橙がかける眼鏡に手を伸ばした。

「ちょっと、ごめんなさい」

伸ばされた手が眼鏡にかかり、フレームを摘まむ指を視界の端に捉えた。
ゆっくりと外されると共に、視界が完全にぼやけて世界が変質する。目の前にいる彼女すら曖昧に輪郭を溶かした。

「…何も見えないよ、カルラちゃん」
「見えない方が…、いいこともあるの」

沈んだ声音。状況が解らないままでいると、近くで空気が揺れた。
ふわりと香ってカルラの体温が自分にすり寄る。

「少しだけ、甘えさせてください」

その声が震え湿っていて、橙は戸惑ったままぎこちなく体を受け止める。
彼女が自分を頼っている事に驚きつつも喜び、そして己の口はその思いに反することを口走る。

「私じゃなくて猫市ちゃんに泣きつきなよ」

肩に預けられた彼女の頬から体温とは別の何かが染み込んで制服に淡い染みを作った。 首を緩く横に振るカルラが小さな嗚咽と共に、言った。

「………今は、橙ちゃんしか、いないの……何も、聞かないで…ごめ、んなさ、」

それは何に対する謝罪なのかと尋ねようとしたけれども。

「卑怯だよカルラちゃん」

啜り泣く彼女は答えられそうもない。




11/01/23
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