腔内に溢れる生ぬるい血、噛み切られた舌がその中で泳ぐようにビチビチと跳ね回る。
切り離されたことで自由が増したのか、意思を持っているかのように歯列をなぞり、喉の奥を衝いては嘔吐を誘う。
顎を押さえられて唇は離れないまま、目尻に涙が溢れる。
嫌悪感でどうにかなりそうだ。
耐えられなかった。
どうしても逃れたかった、抗いたかった。意思を見せつけたかった。
それがこんな事になるなんて思いもしなかった。
自衛のためとはいえ、口の中に捩じ込まれた舌を噛み千切ったなんて、普通じゃない、もうどうにかなっているのかも知れない。たとえ彼が言葉巧みにその行為を煽り誘ったとしても。
拒否権など最初からありはしなかったのだと
自分の立場を思い知らされる。
当然の罰なのか。
それでも、こんなことって。
漸く唇が離される。
すぐさま噛み切られてなお口内を蹂躙する切られた舌を吐き出そうと嘔吐くも、離れない。
「あああッ」
頬に涙の跡が幾筋も伝うころニタニタと笑う彼が呂律の回らない口調で音を発する。
「ろみほんれ?」
跳ね回る舌が舌の付け根に張り付いて言葉をも奪う。
「ひゃあ」
何と言ったか、分かってしまう、首を激しく横に振っても許されない。
嫌、嫌、嫌。
唇の端から血を零す彼がケタケタと笑いながら促す。『飲み込んで』。
噛み切られた舌が舌の付け根を縛りあげて、突き出された舌は紫色に鬱血した。
舌の先が痺れる頃、諦めが思考を支配する。
この気味悪さから逃れるなら、飲み込んでしまうしか、ない。
血と唾液に塗れた口を閉じる。
「ひひほ」
彼が笑って飲み下すさまをつぶさに見守っている。
その目は楽しげな表情とは裏腹に冷たい光を帯びていた。
噛み切ってごめんなさいごめんなさいもう許してください私が悪かったです『イイコ』になりますからもう拒みませんからどうか
「んぐ…ッ」
舌の上で大人しくなった肉塊をゆっくり嚥下しようと何度も嗚咽と嘔吐を繰り返し、気味の悪いものを自らの意思で体内へ取り込む。
塊が喉を下っていく、ビクビクと食道で時折動いては徹底的に苦しめる。
横隔膜が痙攣を起こしたように込み上げるものが止まらない。
耐えて、ゆっくり下っていくそれを感じていた。
喉を通りすぎ、膝を折る。
彼は優しい笑みを浮かべて見下ろしていた。
血と唾液に濡れた唇と涙で濡れた頬を拭ってくれる。
「ひょくへきまひた」
頭を撫でられながらの『良く出来ました』の言葉に一種の安堵が満ちた。
その瞬間に、違和感。
つられて微笑もうとした頬が引きつる。
未だ蟠る肉塊が、動く、這い上がる。
涙が溢れる。
彼が笑う。
「あああああああああああああああああああああああ」
絶叫を遮るように、彼の舌がべっとりと張り付き、気管を塞いだ。
2011/01/06
舌ビチビチグロシュール。
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