「ノアくんだ、久しぶり……」
「酷く疲労が溜まっている様子だが?」
「あ、うん、そうかも……。ああ、ごめん、まだちょっと忙しいから後でね……」
何が始まりだったか。
異形狩りが立て続けに入ってぐったりしていた時に交わしたこの会話だろうか。
次にノアールと顔を合わせた時に、「自由時間はあるか」と問われ、たまたま手が開いていたので頷くと何故か逃げられないように捕まって、有無を言わせない気迫に押されて連れてこられた一室。
「ノアくん」
「質疑には応じぬぞ、時が惜しいのでな」
絶妙に柔らかな座り心地の椅子に座るよう彼に促され、目の前のテーブルには品の良い茶器、ケーキスタンドに乗った、軽くつまめる軽食に、今しがた切り分けたばかりの瑞々しいフルーツや彩り鮮やかなプチケーキ、美味しそうな焼き菓子と、次々と並ぶ。
傍らに立つノアールがテキパキと準備したものだ。
反転された砂時計が落ちきると彼はポットを危うげ無く傾け、カップは紅茶の透き通った明るい水色で満たされて、爽やかな香りが立ち上り部屋に広がる。
完成したのは簡略ではあるが完璧とも言えるティータイムセットだった。
「さあ、召し上がれ。」
甲斐甲斐しく給仕をしている彼の一挙一動は非常に様になってはいるものの、黙っていても滲み出る威容というか、
思わず奉仕されるのはノアールの方が正しくて、今すぐこの役割を交換したほうがいいんじゃないかと申し出そうになる小市民的な衝動が沸き起こる。
なんだこれ。と思いつつ、なんだかもういいや良い香り良い匂いで紅茶もお菓子も美味しそうだし、と状況に流されはじめて、イリューは用意されたナフキンを握る。
「いただきます?」
「うむ。存分に寛ぐが良い」
口角が少し上がり満足気に見える表情を窺い見ながら、ティーカップに手をかけた。
そんな時わざとやっているのかって程タイミングの悪いことに、悪魔謹製の携帯電話がピロッピロンと鳴り始める。
「……であるな…」
地を這うような低音で背後で囁かれた言葉に思わずそっと着信を切ろうとしたそれをポケットから取り落とす。
床に落ちる前に宙で素早く拾い上げたのはノアールで、着信の主の名にちらりと視線を落とし無造作に背後に放り投げた。
落下して硬質な音を立てる筈のそれは床の上に不自然に伸びる彼の影にトプンと飲み込まれた。
途端に着信音も途切れる。三秒待っても戻ってこない。
「ちょっ、えっ、どこやった!?」
「三千世界の彼方へ。なに、あの性悪のことだ、火急の要件ならばじきに別の手段で知らせを寄越すであろうよ。」
しらっとそんな事を言う。
「…それまでは、小憎たらしい電子端末もどきに憩いの邪魔はさせぬ」
「えっ、えっ、えええ…でも!?」
「何も問題あるまい、同時にイリューの代わりとなる使いをやった。それでも後から小言を貰うというのなら共に行こうではないか」
「……うぅ」
「そんな些事よりも、さあ、気を取り直して」
今のうちに目の前のこれを平らげ堪能せよ、と彼の目が言っている。
こうなってしまった以上、抗うべくもなく。
次の邪魔が入る前に目の前の菓子をやっつけようとイリューは猛然と手を伸ばした。
2015/05/14
拉致+強制休憩+仕事の邪魔。ノアールは堕落を誘う悪い奴。
こうさ、学生のノリで「今日の部活サボろうぜー!」って感じの話を書きたかったんやで…。