「もう終わる!あとちょっとだから!」
修羅のように作業してる猫市ちゃん迫力に押されて邪魔をすまいと教室から退散する。
カルラは暇つぶしに図書室にでも行こうかなと考えながら教室の戸を閉めたところで、足元にいる黒い塊を見つけた。
猫型の影ちゃんがこちらを見上げて尻尾をゆるく振る。
「猫市ちゃんのところにいなくていいの?」
すりすりと足に頭を擦り付けてから廊下を歩いてゆく。少し先で振り返り無声で鳴いてカルラを待つ仕草。
どうやらなにか用事があるらしい。
「まって影ちゃん」
カルラはすることもないので素直についていくことにした。
暫くふらふらと校内を散歩して、影ちゃんがするりと入り込んだ教室の扉に手をかける。
あまり使った事ない場所だけれど入って大丈夫かだろうか。
そんな逡巡は黒い触手にすぐに遮られた。
内側から戸が開き伸びてきた触手に手を引かれて飛び込む。背後で戸の閉まる音。
誰もいなくて何もない部屋の中で、人型をとった影ちゃんが無表情に立っている。
ぐい、と触手に引き寄せられて影ちゃんと至近距離で見つめ合う姿勢。既視感。
「……お腹空いたの?」
カルラの声に影は首を“横”に振って答えた。
「…違うの?じゃあなんで私をここに、」
と問いかけたところで、影がカルラを捕らえ、ぎゅうと抱きしめた。
「わふ…!?」
すりすりと紫色の頭髪が肩口をくすぐる。 猫型の時と同じように擦り付ける、甘えたような仕草。
「影ちゃん……えーっと?」
暫くそうしているうちにカルラも状況を冷静に考えられるようになった。
影ちゃんはどうしてかわからないけれど、甘えている。
お腹も空かしていないというし、今すぐえっちいことをするつもりはないらしい。
ちょっとだけ、ほっとする。
そういえば最近、何をするでもなく影ちゃんが近くにいることがよくあった。彼が猫型でいるときは膝の上に乗せて撫で回していたっけ。
影ちゃんは言葉を話せない、だから、こういうのも影ちゃんなりの精一杯のコミュニケーション、なのかもしれない。
私が猫の彼をぎゅっとして撫でるから、彼も私にそれをする。
行動を真似するというのは、親愛を示す一つの手法なのだと、どこかで読んだ。
影ちゃんが食事以外で誰かに何かを思い行動しているという事がなんだかとても嬉しくて、カルラはくすぐったいのは我慢して、影のコミュニケーションの練習(?)に付き合おうと密かに決める。
影は、カルラの形を確かめるように優しい手つきでそっと髪に触れてみたり、頬をつついたり、背をさすったり、手を握ってみて、指を絡めたりを繰り返す。
なんとなく楽しそうだ。
スキンシップを拒否しないでいると、影がゆるゆると顔を上げた。赤い瞳と視線がかち合う。
そのまま顔が傾き近づいて、
「ストップ。影ちゃん」
カルラは影の口に手を当てて押し留める。
「キスは……猫市ちゃんとかね、好きな人にするんだよ」
そう影を諭すが、ひとつ瞬きした影は、しゅるりと触手をカルラの腕に絡みつかせ、邪魔する彼女の手を解いた。
手で彼女の細い手首を掴んで次は防がれないようにする。
「こら…っ、ゃ……んん!」
きゅっと引き結ばれたカルラの唇に何度も唇を合わせる。
腕を振って解こうと抵抗があるが、そうやすやすと解かせない。
「影ちゃ、ぅ、んー!」
呼ばれると同時に薄く開いた唇を影は舌で割り開き、深く口角を合わせて彼女と絡ませる。
背をのけぞらせて逃げようとするカルラの頭を触手が押さえつけた。
「んーっ!」
身動きが取れずカルラは逃げ場を失う。
抵抗を許されず受け入れるしかできない。
眉を寄せ目をきつく瞑って、されるがまま翻弄された。
「…っんん、…はっ…ぁう…!」
深く交わされる口づけの合間に、吐息が漏れる。
くちゅくちゅと耳を塞ぎたくなるような水音をたてて口の端から溢れる唾液も、摂取されるのではなく、溶け合うための一つの材料にされる。
段々と激しくなる口づけにカルラの腰が引けていき、ついには床にへたり込んだ。
つかの間、離れた影との間に銀の糸が伝う。
「はぁ……っ」
人型でキスされるのは、いつかみたく触手を咥えさせられるのとはまるで違うと、酸欠気味になって、ややぼんやりする頭でカルラは思った。
「な、何でこんな…こと」
激しい。というか、上手だね影ちゃん。とても立派に情熱的なキスでした…。
まるで映画の中で深く愛し合った恋人同士がする行為、見せつけみたいな激しさで、熱を持ってて。
これはもう練習しなくても十分じゃなかろうか……。
まさか気が変わってこのまま食べられるのかと身構えたけれど、そんなことはなく。
影が今度は啄むように頬とおでこ、唇に軽くキスをする。
未だじんと甘く痺れる口内、上がった息、火照る頬、まっすぐ見つめて逸らされない赤い瞳に、どきどきと心臓が鳴り止まない。
……なんだか、口を貪られたのは確かだけど捕食とは違ったような気がする。
気のせいかもしれないけれど、途端に気恥ずかしくなる。
カルラの混乱をよそに、影は猫型の時と同じように舌でぺろりと唇をなめた。
ちらりとのぞき下唇を辿る赤い舌がやけに艶かしく見えて、カルラは怯み息を呑む。
カルラの前に座った影は彼女に再び顔を近づける。
今度はそっと、触れるほど近くで止まる。
手首は影に掴まれたままだが、カルラは影から逃れ顔を背けようと思えばできた。
けれどそうはせず、どちらともなく、唇がまた触れ合い重ねあわされる。
その意味に彼女が気がつく前に、思考は散り散りに掻き乱された。
作業を完遂し、二人を探しに来た猫市に見つかるまでたっぷりとそれは続く。
2015/05/14
トレス絵可愛かったので!!!