デスクワーク続きでお疲れの猫さんの肩を揉みほぐすため黒虎会の事務所に呼ばれた四巡は、書類の海になりつつある猫の仕事場で、楽しく趣味兼仕事をさせてもらっていると、書類を届けに部下がやってきた。
襲さんと言ったか。
薄く微笑んで会釈する青年は、無常にもどっさりと机に書類を再び積み上げると、しげしげと四巡の仕事を観察している。
その視線には警戒ではなくべつの何か、好奇心のようなものを感じた。
襲の様子に気がついた猫が、書類の山を見ないようにしながらのんびりと襲に声をかける。

「襲も四巡にしてもらう?気持ちイイよ。」

その言葉に、襲は何故かにっこりと頷く。

「ええ、是非。一度で猫さんを誑かし攻め蕩かした術を、俺にも教えて貰いたいところですね」

「おい。そんなの知らんでいい。今でも十分だっての」

その会話から猫と襲の間にも関係があると伺い知ることができたが、丁寧な言葉の裏の赤裸々とも言える宣言に四巡は苦笑した。
どことなく挑発されているような心地になる。

「いいですよ、サービスの内です」

強気な彼の身体に触ってみたくて、四巡は安請け合いした。
触ってみたくても機会がなかった彼。猫さんの許可が出ているのだから遠慮はしない。

ジャケットを脱いでもらい、椅子に腰掛けた彼の背後に回る。一言かけてから、そっと彼に触れた。シャツの上から彼の肩を、首筋を、腕を、背中を、ゆっくりとなぞっていく。
鍛えているのか良い体だ。一般的に言われる肩こりらしい症状も、不調も、骨の歪みもない。
けれども、どこかが固い。緊張や警戒ではない、何か別の。

それならば全体の血流を良くして気持よくなってもらおうか?それとも関節を解して…
ああ、直に触れたいものだ。シャツの上からでは、襲さんを知るには足りない。
触れる度に襲が吐息を吐く箇所を、目を切なげに細める強弱を、四巡は頭の中に叩きこみながらも、物足りなさを切々と募らせていた。
焦れて更に範囲を広げようとした所で、当の彼から静止がかかる。

「ありがとうございます。今日はここまでで結構です。なかなかの腕前ですね。」

焦れていた四巡はこれからがいいところなのにと残念に思う、襲は腕からするりと抜けてしまった。
てきぱきと着衣の乱れを直して、立ち上がる。

「…気に入っていただけたのなら、今度は店に寄ってくださいね。」
「ええ、機会があれば近いうちにでも。」

そのまま口惜しそうに襲を見つめる四巡を一瞥して何事もなかったかのように部屋から出ていってしまう。

まるで懐かない飼い猫のようだ。

「フラれたな、四巡」

にやりと笑いながら面白そうに言う猫に、襲さんを本気で落としにかかってもいいかと尋ねたくなるのを堪えるべきか四巡は猫に誘われる少しのあいだ悩んだ。





2013/03/05
次は襲いますね。襲さんだけにね。
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