きらめき眩めく春はめくるめく
付き合うなら束縛しない子がいいし、わがまま言わない子がいいし、俺の部活の練習量に口出ししない子がいいなとずっと思っていた。バレー部の活動を減らすなんて絶対に無理だし、もしそうするならば俺のレギュラーの椅子は誰かに持って行かれるからだ。
だから、付き合っても俺の事なんてあんまり気にせず過ごしてくれるような子がいいな、って考えていたんだけど。
「……白石さんから連絡が来ない?」
春休み、練習が終わってからのスマホチェックをした時に、誰からの連絡も入っておらず落胆した。欲しいのは彼女である白石すみれちゃんからの連絡ただひとつだけれども。毎日メッセージのやり取りをしているが、今日はまだ一度も来ていないのだった。もう夕方になると言うのに。
「そう。来ない。サッカー部の練習は休みのはずなのに」
「太一から送れば?」
「俺からは昨日送っちゃったんだよー……」
昨日は俺から、一昨日はすみれちゃんから。交互にメッセージを送り始めるのが暗黙のルールな気がして、俺は行動に写せなかった。鬱陶しいって思われたくないし。
それに冒頭のとおり、俺はあまり俺に構わないような女の子がいいなと思っていたはずなのに。ほんの一日連絡が無いだけでソワソワしてしまう自分が情けなくて、なんだか気持ち悪いのである。
「……っ!!」
と、スマホを弄りながら考えていると突然手の中でそれが震えた。画面には新着メッセージの受信が表示され、差出人の名前を見て思わず息を呑んだ。すみれちゃんだ!
『お疲れさまー。まだ練習かな』
俺がああだこうだと悩みながら連絡を待っていたなんて知らないのだろう、いたって普通の内容が送られてきた。だけど少しでも俺の事を考えてくれるのが嬉しくて、隣に賢二郎が居るのも忘れて画面にのめり込む。
『お疲れ。さっき終わったよ』
『ほんと?いま学校の近くに居る』
『嘘!』
すみれちゃんがマネージャーを務めるサッカー部は、今日の練習はお休みだ。そもそも春休みだから部活動をする生徒以外は登校して来ない。それ以外には寮に入っている生徒しか、敷地内には存在しないのだった。
「どうしよ会いたい……」
「会いたいって送れば」
「女々しいって思われたらどーするんだよ」
「うぜえ」
賢二郎は彼女と相思相愛だから気楽な事が言えるんだ。俺だってすみれちゃんとは好き同士だと思っているけど、付き合い始めた経緯も仲良くなった経緯も何もかも、俺の方が押していたと言っても過言ではない。だから定期的に自分を冷静に見つめ返さなければ、俺のほうが突っ走ってしまうのだ。
『会いに行っていい?』
……だけど今日はどうやら違う。俺が突っ走る前にすみれちゃんからの嬉しい誘いが来たのである。
「会いに行っていいかって来た!」
「うるせえ……」
「行ってくる」
「さっさと行け」
いちいち賢二郎に報告する義務なんか無いのだが(本人も鬱陶しがっているし)、誰かにこの恋を共有出来るのが嬉しくて、俺は逐一と言っていいほど賢二郎に話していた。ホワイトデーのお返しだって一緒に買いに行った仲だ。
俺と賢二郎にそれぞれ彼女が居なければ、俺たちが同性で愛し合っていると疑われてもおかしくない。……それはさすがに困るけど。
「太一くん」
寮から出て校門の方へ歩いて行くと、まだ桜の咲ききらない味気ない場所に、とっても可愛い女の子が立っていた。居るだけで背景が桜満開に見えてしまうようなその子が俺の彼女、すみれちゃんだ。
「……すみれちゃん!どうしたの今日」
「特に何も無いんだけど。そろそろ練習終わるかなって思って」
すみれちゃんは私服であった。春休みとはいえ宮城の気温はまだ低い。そんな中、わざわざ部活も無いのにこんな所まで来た理由とは何だろう。期待し過ぎたら良くないとは思いつつも、どうしても期待してしまう。もしかして俺に会いに来たのかな?と。
「会いに来ちゃった」
そして、期待通りの嬉しい台詞が聞こえた時には全身がふわりと浮いた気がした。雲の上まで一気に飛んでいきそうな気分。
「まじっすか……」
「今日も疲れた?」
「疲れたけど今全部吹っ飛んだとこ……」
「何それー。太一くんって意外と女々しいよね」
グサリ。そりゃあ自分を雄々しいと思った事なんて無いが女々しいと言わてしまつとは。
だって、こんなにも女の子を好きになって夢中になるなんて思わなかったんだから。連絡が来る、来ないと言うだけで一喜一憂する事になろうとは。
「……女々しいのってやっぱり直したほうがいいかな」
「そのままでもいいんじゃない?」
「本当に? 俺、こんなデカいのに女々しいとかやばくない?」
「ちょっとヤバいけど」
「ヤバいんじゃん!」
「あはは」
すみれちゃんは余程おかしかったのか、ぴょんぴょん跳ねながら笑った。めちゃくちゃに可愛い動きだ。
「でも、そういうところ凄く好き」
ひととおり笑い終えた後ですみれちゃんが言った。幻聴かもしれない言葉を。
それが聞こえた瞬間に俺は硬直してしまい、「好き」と言われたのだと理解すると、自分でも驚く大きな声が出た。
「……え!?」
「わっ? 何」
「だって今俺の事好きって」
「好きだよ当たり前じゃん」
「うわあー……」
思わず片手で顔を覆った。今の俺、すっごく顔が赤いはずだから。
すみれちゃんは付き合い始めてからずっと俺の気持ちに応えてくれているけど、どうも俺はまだ自信が無くて。本当に俺の事を好きなのかな、俺がしつこかったから渋々OKしてくれたのかもな、と心配事ばかり浮かぶ時があるのだ。
「……まだ気持ちの重さ、同じなんだよね?」
それはバレンタインデーの日に遡る。初めてすみれちゃんが他の子に嫉妬する態度を見せた日だ。俺の方が重いだろうと思われていた「好き」の気持ちを、同じくらいの重さだよと言ってくれた。
あれから二ヶ月弱が経っているけど、今も俺たちの気持ちは同じ重さを保っているのだろうか。
「自分のほうが重いって思ってるの?」
「ちょっと思ってる」
「そりゃあ太一くんは超重いけど」
また、ストレート過ぎる彼女の意見にグサリと来た。やっぱり俺って重いんだ。
ちょっぴり残念に思った俺は、その残念さが顔に出ていたらしい。眉の下がった俺を見てすみれちゃんがくすりと笑い、かと思いきや突然飛び付いてきた。
「わっ」
「私も負けてないよ」
俺の胸元に抱きついたまま、胸に頬を押し当てながら彼女が言った。
「だから今日、会いに来たんだし」
背中に回された手に力が入る。すみれちゃんは今日、本当に俺に会うためにわざわざ学校に来てくれたらしい。それをこんな態勢で頬を擦り寄せながら言ってくるなんて、どういう教育を受けたんだ。けしからん。
「……ずるくないっすか」
「そうかなぁ」
「ずるいよ……」
そんな事をされたらまた、俺の方がどんどん好きになるに決まってるじゃないか。休みの日にバレー部の練習終わりを狙って会いに来てくれたのも、俺に飛び付いて笑顔で顔を見上げてくるのも、計算し尽くされたものなのか? と疑うほど。
「好きだよ。太一くん」
おまけに俺の赤くなった顔を見て、そんな追い討ちをかけてくるんだから。やっと実った恋だけど、まだまだ彼氏として冷静に居られる日が来るのは遠い。しばらくは彼女の一挙一動に浮かれて騒いでヘラヘラする日が続きそうだ。