呼吸ができたら教えてあげる
私の通う学校はスポーツがとても盛んだ。色んな部活が全国出場していたり、全国までは行かなくとも県内では有名だったりと、帰宅部の私も鼻高々になってしまうほど。
もともと入試自体もレベルの高い学校なので、白鳥沢学園の制服を着ているだけで鼻高々なのだけど。学校の価値を上げてくれているのは間違いなく運動部の彼らのおかげだろうと思えた。
「今日はね、大学生と練習試合なんだって!」
うきうきしながら隣を歩くのは私の友だちで、彼女も同じように運動部への憧れを抱く人。
男子バレー部は頻繁に練習試合を行っており、生徒がその応援をするのは珍しくない事だ。なんと言っても白鳥沢で最も有名で高成績を残している部活だし、メディアも注目の牛島若利くんが在籍しているのだから。
「うわっ、いつもより凄い人」
「ほんとだ。わざわざ練習見に来るなんて熱心だなあ」
そう言いながら、私たちは辺りを見渡した。今日の相手は大学生という事もあり、大学関係者も見に来ているようだ。もちろんスカウトらしき人とか、スポーツ記者の人も頻繁に目撃する。そんな中で私たちのような女子生徒までが練習試合を見に来る理由は、口に出すのは少し恥ずかしいんだけど。
「すみれ、こっち!」
試合を見やすい場所を探していると、先に良い位置を発見したらしい友だちが私を呼んだ。
この子は同じクラスの牛島くんに片想いをしている。「片想い」というほど真剣じゃない、ただ見てるだけ!と本人は言うけれども。これは絶対立派な恋だ。今だって真っ先に牛島くんの居場所を探して、ずっと目で追っている。
「うわあ〜……牛島くん近いよどうしよう」
「どうしようって……同じクラスじゃん」
「クラスに居るのとここで見るのとは違うの!」
と、言うのが彼女の持論らしい。
確かにユニフォーム姿と制服姿とでは見え方が違うっていうのはよく分かる。でも友だちが牛島くん牛島くんと騒いでいる横で、私は違うところに目を泳がせていた。彼女には悪いけど、私の目当ては牛島くんでは無いからだ。
しかし、牛島くんの近くにその人物は立っていた。いつもの事である。わざわざ目を凝らして探さなくてもすぐに見つかる。髪色が特徴的だし、私の想い人は声が大きくてよく喋るから。
「どこ見てるの?」
「わあっ」
牛島くん目当ての友だちに肩を突かれ、思わず飛び上がってしまった。ついでに声も裏返ったけど、周りも騒がしいのでそれは気付かれていないかも。
友だちは私が牛島くん以外の場所(近い位置ではあったけど)を見ているので、どうしたのかなと思ったらしい。そして視線の先に誰が居たのかを確認すると、その人の名前を口にした。
「あ。天童くんか」
「え、いや、違」
「あの人すごい目立つもんね!」
「……」
友だちは納得したように言うと、すぐにまた牛島くんへと視線を戻した。
私は「目立つから」という理由で天童くんを見ていたわけじゃない。誰にも秘密にしているけれど、彼の事が好きだから見ていたのだ。
どうして天童くんに惹かれているのかなんて理屈は分からない。去年同じクラスだった時になんとなく目に付いて、なんとなく仲良くなって、三年生に上がってからはクラスが離れ離れになったけどなんとなく気になっていた。つまり、気付かないうちに好きになっていた。去年のうちに気持ちに気付いていれば、もう少しチャンスはあっただろうに。
そんな浮ついた事を考えつつも試合は一応ちゃんと見て、牛島くん率いるバレー部が勝利するところまでを見届けた。
県内最強の彼らだけど、大学生にまで勝つなんて単純に凄い。思わず拍手をしてしまったし、練習試合なのに体育館内は大盛り上がりだった。そして勝利の立て役者はやっぱり牛島くんで、取材に来ていたらしい記者から声をかけられているのが見えた。
「牛島くんすごい!さすが」
「凄いね……インタビューされてる」
「それだけ注目されてるんだよっ」
私の肩をばしばし叩きながら興奮している友だちの気持ちはよく分かる。肩は結構痛いけど。
二階席から試合を見ていたのは私たちだけじゃなく、他にも沢山の生徒が居た。牛島くんを始め、バレー部の男子にはファンが多いのだ。まあ私も天童くんのファンだと言われても間違いじゃない。ちゃんと片想いしてるんだけど……いや、「ちゃんと片想いしてる」って日本語はおかしいか。
「ごめん、ちょっとトイレ」
「はーい。このへんで待っとくね」
試合をずっと見続けていた私は尿意をもよおしてしまい、友だちには下駄箱付近で待ってもらってトイレに向かった。
バレー部が練習試合を行う体育館にはなかなか来ないので、トイレの位置はよく知らない。なんとかトイレにはたどり着いたけど、そこから下駄箱に戻る最短ルートもよく分からず。きょろきょろしていると、突然背後から声をかけられた。
「すみません!」
「ハイッ?」
飛び上がって驚くのは今日二度目だ。しかも背後の声は友だちじゃなくて知らない人の声だったので、余計にびっくりした。
「スポーツ紙の者なんですが……よかったらインタビューお願いできませんか」
「え」
「さっきバレー部の練習試合を応援されてましたよね。三年生ですか?」
「え、あ……ハイ」
なんという事だ。記者のお姉さんに捕まってしまった。
こういう取材?を受けるのが嫌というわけじゃないけど初めてなので、断り方も交わし方も分からず。素直に返事をしたところ、その人は私を「受け答えしてくれる取材対象者」だと認識してしまった。
「牛島くんはやはり、普段から何に対しても熱心に取り組んでいるのでしょうか」
「そ…そうですね…そう思います」
「授業中の牛島くんはどんな様子ですか?」
「ええと、真面目ですかね…はい」
「牛島くんのような同級生が居るのはやはり、誇らしいですか?」
「あ、はい、」
……とこのような質問攻めにあってしまい、自分でもよく分からないまま返答していく。とりあえず失礼な事は言っていないはずだ。牛島くんの株を下げるような事は。
早くこれを切り抜けて友だちのところに戻りたい、早く終わらせてくれないかな。と、思っていると最後にこんな質問をされた。
「やはり同じ学校の生徒さんから見ても、牛島くんは群を抜いているんですね」
この質問には、即答する事が出来なかった。
答えが見つからなかったわけじゃない。上手く言葉にできなくて。だって、牛島くんは確かに凄いけど、牛島くんだけが凄いわけじゃないじゃんか。
「はあ……」
なんとかインタビュアーのお姉さんに逃がしてもらい、改めて下駄箱を探そうと再びきょろきょろする。この数分間でどっと疲れてしまったなあ。大きな溜息を吐いて一歩踏み出そうとすると、またまた背後から声が。
「白石さ〜ん」
「!!」
三度目の飛び上がりは今日一番の高さだったかも知れない。今度の声の主は、さっきまで私が注目して見ていた天童くんだったのだ!
「て、てててってん」
「何してんの」
「え、いやっ。トイレから戻ろうかと!」
「そーなんだ。迷子かと思った」
その通り。正しくは迷子である。
「ってことはさっきの練習試合見てたんだ」
「うん……まあ」
「やっぱり若利くんを見に?」
天童くんは首だけでなく、上半身ごと横に傾けながら言った。
「……そういうわけじゃないんだけど」
もしかして私、牛島くんの事を好きだと思われているのだろうか。それは嫌だ。嫌だけど、だったら何しに来てたのかって言われると答えられない。うじうじしなながら黙っていると、天童くんは閃いたように言葉を続けた。
「じゃあ俺のこと見てた?」
「え」
「で、牛島牛島言ってないで天童くんにも注目してよ!って思ってた?」
その言葉を聞いて、私は息が止まった。
目を見開いて、血の気が引き、かと思えば一気に身体が熱くなる。口をぱくぱくさせるだけで声が出ない、どうしよう。
なぜ私がこんなに動揺しているのかと言えば数分前に遡る。
「同じ学校の生徒さんから見ても、牛島くんは群を抜いているんですね」という記者の問に対し、私はこう答えたのだ。「天童くんという人も、同じくらい凄いと思います」と。
「……聞いてたの……?」
「聞こえてきたんだもん」
「う、え、ええ」
「俺の名前出すならいっそ、他の三年生みんなの名前言ってくれれば良かったのに」
「そ……そんなに名前覚えてないよ」
「覚えてたら言ってくれたの?」
「そういう問題じゃ」
「無いよね、分かるよ」
テンポよく被せて言ってくる天童くんに圧倒され、同時に彼の考えている事が分かってしまった。
……というか、私の考えている事が彼にお見通しなのだと悟ってしまった。今のを聞かれたせいで、あるいはもっと前からかは分からないけど、私の気持ちが本人にバレている? そんなの無理無理耐えられない。
「……じゃ!友達のところ戻るからっ」
「え。もう?」
「もうって」
「あと一言くらい言う事ない?俺に」
「!」
一体この人は私に何を言わせようとしているんだろう。分かるけど分かりたくない。天童くんとは確かに仲のいいほうだったけど、いきなりこんな展開になって普通の会話ができるほど私の肝は据わっちゃいない。
だから、「ない」と答えなきゃ。そうしなきゃ全部思い通りにされてしまう。「ない」って言う!
「あるっしょ。好きとか好きとかだ〜い好きとか」
生まれて初めて目玉が飛び出そうになった。ついでに顎も外れそうになったのも初めてだ。
「……無い!」
「え。無いの?」
「今日は無いの!」
「いつならあんの」
「あ……明日」
「今日も明日も一緒だよ」
「明日言うから!」
そこまで言ってハッとした。明日、私は何を言うというんだ。どこにそんな勇気が。
そして天童くんが言質を取った事に対する満足そうな表情を浮かべているので、またもや血の気が引いた。
「……や……やっぱり言わな」
「明日ね」
「いや」
「待ってるね」
それだけ言ってすぐに踵を返すのではなく、暫く私の目をじーっと見つめて目を逸らされたもんだから恐ろしい。つまり告白するチャンスなのだと思えば笑顔になれるだろうか、いや、でもやっぱり恐ろしい。早く明日が来ますようにと願うべきか、一生明日なんて来なくていいと願うべきか。
その場で突っ立ったまま考えていたおかげで、友だちからは何度も不在着信が入っていた。