カジルイズム
それだけ身長あったらモテるやろ、そんな顔に生まれてラッキーやなあ、今まで何人と付き合ったん?付き合ってくれへん?
……という言葉はこれまで幾度となく浴びてきたし、相手の機嫌を損ねない程度に適当に返事をしてきた。背が高い事とモテる事がイコールであると考えた事は無いけれど、武器であるとは思っている。
ただ、これがあるからと言って自分の気になる女の子が振り向いてくれるかと問われればそうではない。これまで興味を持った相手はことごとく俺に興味を持たなかった。サッカー部がいいとか、文系の真面目そうな男がいいとか、生徒会長の事が好きとか、俺とは全然違う人間ばかりを追い掛けていたのだ。
つまり俺はこれまでの人生で、女の子と両想いになり結ばれた事が一度も無い。正確に言うと、このたび初めて「恋人」というものを手に入れた。そして今日はその恋人と初めて一緒に出かける日、俗に言う初デートというやつである。
「……あ。 アレおいしそう」
俺の隣で呟いたのは、つい最近付き合う事になった女の子であった。名前は白石すみれ、今のところ俺は彼女を下の名前で呼ぶほど余裕は無い。互いに苗字で呼び合っている仲である。
それでも一応彼氏としての役目は果たしたいと考えているので、白石さんが「おいしそう」だと言った方向を見た。そこには最近話題の店があり、何人かの列が出来ていた。何かとテレビや雑誌に出てくるタピオカだ。
「ほんまや。食べる?」
「ええの? 買いたい!」
途端に花が咲いたように笑う姿を見れば、断る理由はどこにもない。「彼女とタピオカ」なんて侑が羨むに違いないし。もちろん侑への自慢だけのためではなくて、一番の目的は白石さんが満足してくれる事なのだが。
幸い列には数名しか並んでいなかったので、すぐに注文をする事が出来た。俺自身は興味はあれど自ら頼むほどでは無かったので、白石さんだけが「タピオカミルクティー!」と注文をする。当然俺は支払いをした。白石さんには頑なに拒否されたけど。そこは格好を付けたいし、「彼女に奢る」って夢だったし。
「……タピオカって飲み物やねんな」
白石さんの手元に届いた物を目にした俺は、少し驚いた。「タピオカ」という物体がこの世に存在しているのは知っていたが、飲み物として出されているとは。
「飲み物ちゃうねん、この黒いやつやで」
「へえー……」
「もちもちやねんて!」
そのように言う白石さんも、試すのは初めての事らしい。
飲む前に一枚の写真を撮り(しかしそれをSNSに載せる素振りは見せなかった)、太めのストローで吸い上げる。半透明のストローの中を、ミルクティーと一緒に黒い粒が登っていくのが見えた。なんだか不思議な光景だ。そして何度も口の中で噛み、ごくりと飲み込んだところで俺は尋ねた。
「……どう?」
「おいしい! なんかよー分からんけどおいしいわ!」
「分からんのか」
「味するんかって言われたら微妙やけど、めっちゃもちもちやわぁ」
白石さんは非常に満足そうであった。「めっちゃもちもち」と言うが、そう言う白石さんの頬のほうがもちもちと柔らかそうである。まだその頬を本人の許可なく触れるほど、俺に度胸は無いけれど。
「ん! 飲んでみて」
ジッと自分を見ている俺が、タピオカを欲していると思ったのだろうか。白石さんが容器を俺に差し出した。これも断る理由が無い、というか俺自身も少し興味があったので受け取って一口飲んでみた。
「……もちもちや」
「やろ」
思った以上に歯ごたえがあって、世の中の女子がこぞって欲しがる理由も何となく理解出来た。癖になる人間が居るのは納得だ。味はよく分からないけど「美味しい」「美味しくない」の二択ならば前者である。
「……けど、俺はもうええわ」
「え、」
「白石さん飲んどき」
俺は容器を白石さんの胸元に戻した。白石さんは目を丸くしてそれを受け取り、そのまま飲むかと思いきや口を閉じてしまう。まさか、もう要らなかったとか。
「……ゴメン。宮くん、あんまし興味無かったやんな」
しかし、要らないわけでは無いらしかった。タピオカが要る・要らないの話ではなかった。タピオカに対する俺の反応が、彼女の予想とは違ったらしいのだ。
目に見えて残念そうにしているので俺は慌てた。興味が無かったわけじゃない、むしろ興味はあった。白石さんの飲む分を奪ってまで自分が飲み続けようとは思わなかっただけ。
「いや……そんな事ないで全然」
「ほんまに? 無理してない?」
「全くない」
「ほんならええけど……」
「何でそんなん聞くん」
俺は昔から、思った事はすぐ口にする宮侑という人間とともに生きてきた。途中までは世界中の誰もが侑のように、全てを言葉にして発信する生き物だと思ってきたけれど。幸い、そうでは無いという事に小学校低学年くらいで気付けた。
だから白石さんも侑とは違い、しっかり寄り添って聞いてみなければ自分の意見を言わないタイプの人間なのだと、事前に気付く事ができたのである。
「なんか、私ばっかり楽しんでるんかな思て」
白石さんが浮かない顔をしている理由はこれだった。もしかして、もしかしなくても、俺が楽しくなさそうに見えたのだろうか。由々しき事態だ。
「……そんな事は無いやろ」
「そう?」
「俺もしっかり楽しんでるで」
「ほんま?」
「めっちゃ楽しそうやろ」
そう言って自分の顔を指さしアピールしてみたが、白石さんは気まずそうに首を傾げた。
「え、ごめん……分からん……」
「嘘やん」
「少なくともタピオカ見て楽しそうには見えんかったからっ」
「あー……」
白石さんは俺とともにタピオカを楽しみたかったらしい。なんという控えめな願望だろう。心配されなくても俺は今、充分に楽しい。残念ながらタピオカの味のおかげではないが。
「俺はまあ、タピオカ飲んでる自分見てるんが楽しいんやし」
頬の中にタピオカを溜めて、ゆっくり何度も噛んで満足そうに飲み込むその様子を眺めるのが楽しいのである。
まさか俺がそれを楽しんでいるとは思っていなかったのか、白石さんはタピオカドリンクを取り落としそうになっていた。
「わ……私の事見てたん?」
「そらそうやろ」
「ひゃー……」
「何がヒャーやねん」
白々しく「ひゃー」なんて言うところも、照れ隠しが下手くそで可愛らしい。今日のデートで名前を呼べたらいいなと思っていたが、そんなのまた今度でもいいと思えてしまいそうなほど、もう充分すぎるほどに幸せだ。
「見られてると思うと……緊張すんなあ」
と言って、ストローを咥えながらそっぽを向く彼女の耳が赤くなっているのを見るのも。だけどやっぱり顔を見たいので、俺は白石さんの前に回り込むようにして一歩前に出た。
「なあ、はよ飲んで」
「えっ! や、そんな見やんとって」
「飲み干すまで見る」
「なんでっ?」
「そらかわいーから」
小さな口で太いストローを咥えて吸い上げる姿とか、俺と目が合うと照れた様子で頬を染めるところとか。タピオカみたいに柔らかそうな頬も全部。ただ、今はそのタピオカがちょっぴり邪魔である。だから全部飲み干して欲しい。
「で、はよチューしたいから」
だから早く飲んでと言いたかったのだが、白石さんが大きく咳き込んだのでやめておいた。更に結局容器の中には大量のタピオカが入っていたので、俺も半分くらいは減らすのを手伝ったのだった。