こんなにも惹かれない恋
チヤホヤされるのは、もう慣れた。チヤホヤされるだけの外見も能力も備わっているし、ついでに一卵性双生児である事が更にチヤホヤされる要因だ。双子の何が面白いねんって思うし、よく見たら違うところなんて沢山あるのに。
そんな事を思いながらもやっぱり他人からのチヤホヤは鼻が高くて気分がいい。ニュースや雑誌で紹介された後なんか特に。
「すごっ!侑、また載ってるやん」
今回も、最近発売された月刊のバレーボール雑誌に俺が載っている。という事は必然的に治も載っているのだが、それを見たクラスメートが嬉しそうに記事を見せてきた。
「あーそれな。いつの写真やろな」
「話題の高校生ツインズ!やって。またファン増えるんちゃう」
「どうやろなー」
正直言ってこのように紹介されるのは嬉しくて誇らしい。が、「せやろ?俺イケてるやろ?」とか言うのはスマートでは無い。というわけで俺は毎回「そんな記事には興味が無い」という振りをしてみせるのだった。そんな所もクラスメートからすれば落ち着いてて凄いなぁ、慣れててカッコエエなあ、と思ってもらえるし。
ところがそんな時、この「侑すごいなぁ」という空気をぶった斬る一言が聞こえてきた。
「あんま言わんとって。こいつ調子に乗りよんねん」
ぴしゃりと言い放ったのは白石すみれで、同じクラスであり男子バレー部のマネージャーだ。四六時中部員と行動を共にするマネージャーだからこそ、俺の格好悪くて駄目な部分も良く知る人物。けど、当然俺は突っかかった。
「俺はじゅーぶん調子に乗れるだけの活躍してると思いますけどー?」
「しとっても調子に乗らんのが真のスターやろ!」
調子に乗った覚えは無いのだが。少なくとも調子に乗った素振りを見せた覚えは。
しかし心のどこかで浮かれているのをすみれには気付かれていたらしい。すみれは自分で買っていたバレーボール雑誌のページをめくると、「ほら」と言いながらあるページを指さして来た。ひとつ歳上で注目されている、牛島若利の記事である。
「…ウシワカがどないしてん」
「呼び捨てにしな!ウシワカさんやろ!」
「牛島さんやろ」
「あ」
すみれは俺からの指摘に間抜けな顔で反応したが、すぐに咳払いをして続けた。
「…とにかく、この人はなんぼ注目されても天狗になったりしーひんって事」
「なってるかも知らんで?そんなもん雑誌だけじゃ分からんやろ」
「ならんの!ウシワカさんは!」
「牛島さんな」
「あ」
わざと言っているのだろうか。尊敬しているんだかしてないんだか。すみれは再びゴホンと喉を鳴らして、ウシワカがいかに素晴らしい選手であるかを語り始めた。俺だけでなく周りのクラスメートに向けても、だ。
「知ってると思うけどこの人凄いねんで?去年白鳥沢とやったやろ?私あん時感動したわぁ」
白鳥沢との試合は今でもよく覚えているが、思い出したくない試合のひとつだ。辛勝だったから。
それに、言わなくても分かっている。ウシワカが凄いやつだと言う事は。それをすみれの前で認めたり肯定したりするのが癪なだけで。
すみれは時々こうして他校の選手を褒めたがる。俺の前で、俺に向けて。それが俺にとってはストレスでしか無い。こうして自分の以外の誰かを褒められるのは誰だって嫌だろうけど、俺は特に腹立たしい。すみれは俺の事は一切褒めたりしないくせに、他人ばかり評価するのだから。
「ほんでな、最近、こっちのセッターの人もよー名前聞くねん」
そう言って出されたのはまた別のページで、そこには俺と同じポジションの高校生が出ていた。しかも女子が好きそうな爽やかな顔だ。
「…誰コレ」
「及川徹さん。宮城の人」
「宮城ばっかりやん」
「ホンマに凄いんやもん」
そうして今度は及川徹の凄いところを語り始めた。
時々なら構わない。俺の事も同じだけ褒めてくれるなら文句は言わない。しかしすみれは俺には小言ばかり言うくせに、俺の前でわざわざ同じ高校生の他校の選手についてきゃあきゃあ言うのは気が悪い。わざとやっているのか、俺の気持ちを知っていながら?…と、不安になってしまうのだ。
「なんかお前、他のやつばっか褒めて腹立つなぁ」
とうとう苛々してしまい、俺はすみれの演説を遮った。言葉も表情もオブラートに包まずに、思いっきり不満げな顔で。
「……ハイ?」
「俺の事は普段褒めんくせに」
「褒めてるやん」
いや、褒めてへんやん。と突っ込んでも無駄そうであった。すみれはマネージャーという立場で色んな部員と接しているが、同学年の部員を特別褒めたりする事は無い。特に俺の事は。小言を言われる、叱られる、呆れられる、大体こんな感じだ。
「銀の今日のサーブ良かったやん!」なんて声が耳に入った日には思わず眉間にシワが寄る。「俺やって今日めちゃくちゃ調子良かってんけど?」と。
「…もうちょい俺の事見てくれてもええんと違いますかー」
既に俺には背を向けているすみれに呟いてみた。聞こえるかどうか分からない程度の声で。するとギリギリ声が届いたらしく、すみれが不満げに振り向いた。
「何?聞こえへん」
聞いとけやアホ。聞かれてても困るけど。「なんも言うてませーん」と誤魔化してみるとすみれは更に眉を吊り上げた。
どうして俺にはそんな顔ばっかり見せてくるのか?何も悪い事はしていないはずだ。…と言うのは嘘で、そりゃあまあ、時々すみれをからかったり馬鹿にしたり遊んだりはするけれども。そんなのはすみれに嫌われたいからじゃなくて、その逆の目的だと言うのに。俺の真の願いに全く気付かずウシワカウシワカと騒いでいるのを聞かされては、口が悪くなるのも仕方無い。
「ウシワカのページ糊でくっつけてまうぞ」
「はあ?やめて」
「フン」
「なんなんよアンタ…」
呆れ気味に言うけれど「なんなんよ」と聞きたいのはこっちのほうである。他の男ばっかり褒めやがって気分が悪い。俺ってそんなに駄目か?こうして記事にされるほどの事をしているのに。マネージャーだからというのを差し置いても、すみれは俺にだけ手厳しい気がする。
俺は相当難しい顔をして不機嫌に見えたのか、クラスの女子がふざけてこんな事を言った。
「侑、いくらすみれのこと好きやからって八つ当たりはあかんでー」
途端に顔が真っ赤っかになる俺、ついでにすみれ。俺の場合は図星をつかれて焦ったせいで赤くなったのだがすみれはきっと怒りだろう、俺たちは同時に叫んだ。
「好きちゃうわバーカ!」
「好かれた無いわアホ!」
これがクラス内に響いてクラスじゅうがどっと笑い、「お前らほんまに仲悪いな」と言われてこの話は一段落した。
仲が悪いと思われているなんて不本意だ。すみれは俺に対しても普通に接してくる事だってある。ただ、俺がすみれの言動に過敏に反応してしまうだけで。治を褒める、角名を褒める、銀を褒める、他校の生徒を褒める、だが俺の事は褒めない。駄目出しや注意はしてくる。ただ、褒めてはくれない。そして今はっきりと俺に「好かれたくない」と。
売り言葉に買い言葉だったのか本心なのか、俺は気が気じゃない。だからって下手に出て聞けるような素直な性格は持ち合わせておらず、喧嘩になりそうな手段しか使えないのであった。
「何」
部活前に一緒に部室に向かって歩いていたが、俺は一歩前に出てすみれの前に立ち塞がった。
俺達は別に仲が悪いわけではないので、昼間にあんな言い合いをしても、こうして放課後は部室まで一緒に行ったりもする。だが今日はそのまま行く気にはなれなかった。俺に好かれたくないって本当か?だとしたらもう手遅れなんですけど?それを聞き出したくてすみれをわざと通せんぼしてみたのだが、「何」と言って睨まれるとやっぱり素直に言う気にはなれず。
「…何もない」
「言いーやキモチワルイな」
これには苛っとしたけど、確かに今の自分は少し気持ち悪いと思ってしまった。男のくせになよなよして、気になる女の前で素直になれないとは情けない。ちゃんと言わなければまた無意味な喧嘩を繰り返す事になる。それは嫌だ。俺は思い切って口を開いた。
「お前、ほんまに俺に好かれんの嫌なん?」
それを言った時、すみれは言葉の意味を理解していなかったかもしれない。しばらく黙っていたけれども、やがて溜息を吐きながら言った。
「……変な事聞かんとってくれる」
「真面目やねんけど?」
「あほらし。やめて」
「ええから答えろって」
「何でそんなん聞くん」
それを言われると、俺の言葉は一気に詰まった。何でと聞かれてしまっては、答えはひとつしか無いからだ。今こんなタイミングで言う気にはなれないし、心構えも出来ていないし。今はただ自分の不安を解消したかっただけなのだから。
しかし歯切れ悪く「ええと」「べつに」と口にする俺を見て、すみれは怪しむように言った。
「…アンタ私のこと好きなん?」
本日二度目の図星だ。俺は冷や汗と赤面の両方を一生懸命に抑えた。その代わり舌も頭も回りきらなくて、大慌てで真反対の事を答えてしまった。
「は…?な、何?んな訳ないやろ」
何でこんな嘘をつくのか自分でも分からない。が、すみれに誘導されて「せやねん。好きやで」と言うのは気に食わない。言う時は格好付けて言いたいからだ。今否定してしまった事でチャンスがどんどん遠のいているのだが。
しかしすみれはてっきり「は?」と不機嫌さを増すのかと思いきや、ショックを受けたように眉を下げた。
「…あっそ。なら変な事聞かんとって下さい」
そして、俺でもなかなか追いつけないほどの大股早歩きで部室へと歩き出してしまったのだ。
これでは何も出来ないし何も分からない、何も変わらない。むしろ何かが悪化したように思う。単に「もっと俺の事も見ろ」と言いたいだけで、あわよくば良いタイミングで良い関係になりたいだけなのに。すみれの背中はだんだん小さく見えなくなっていく。
「………ちょお待てや!」
今度こそ心を決めてすみれを呼び止めた。それを無視して歩いて行くすみれ。一歩、また一歩と近づくにつれ心臓がドキドキし始めた。
言えるか?俺。言えるか?今。聞けるか?「なんでそんな悲しそうな顔しとんねん」と。
先々歩くすみれの腕を掴み無理やり引き止めた時、その目には悲しみのせいなのか分からないが涙が溢れそうになっていた。それを止める方法は、残念ながら頭の悪い俺には分からない。だが自分の言動は間違っていて、すみれは単に他のやつを褒めていたんじゃなくて、もっと複雑な理由があったのではないかと理解した。
そこで俺に出来る最善は何だったのか聞かれると、今でも分からない。ただこの時の俺は勝手に口にしていた。
「ごめん。ほんまは好きやねん」
それを言った時のすみれは新種の猿でも見たかのような驚いた顔をしていたけれど。その顔のまますみれも「言うの遅ない?」と言ったもんだから、俺も同じような変な顔になったと思う。
互いに珍しい生き物を発見したような表情で見つめ合っていたので傍目には分からないが、今俺達は、情けない形で気持ちを確かめ合ってしまった。