まさしく正しいプロセス
今日の集まりを企画したのは誰だったか覚えていない。誰からともなく「じゃあ集まろう」と言い出して、みんながそれに賛同した。女性関係に興味なさそうだった後輩が知らないうちに彼女を作っていたのも驚きだけど、付き合って数ヶ月でプロポーズしたというのも驚いた。高校の時からちょっと変なやつだなとは思っていたが。いや、スピード婚を否定しているわけではないけれども。
ともかく昨年の秋に立派な挙式をした赤葦が、今度は「父親になります」とグループトークに爆弾投下したもんでひっくり返った。そりゃあ結婚したら今度はそういう話題になるだろうと思ったけど、俺たちの中で一番に結婚して一番に父親になるのが赤葦だとは。だって赤葦はまだ二十五歳だ。俺はその一つ上。結婚なんてまだまだ先のことだと思っていたのに、そうか、後輩が結婚か。
そんなわけで苦楽を共にした梟谷バレー部のメンバーで、出産前にお宅訪問しようという話になった。産後しばらくは大変だろうから、なかなか会えなくなると思って。もちろん身重のすみれさんの負担にならないよう、長居はしないつもりだ。
「小見さん、お久しぶりです」
赤葦の家には一度訪問したこともあったので、過去の記憶と住所を頼りに無事たどり着いた。インターホンを押すと昔と容姿の変わらない家主が出迎えてくれる。ドアが開いて一番に目に入ったのは、玄関に並んだ大量の靴。赤葦のもじゃない。サイズや好みが様々だから。そしてリビングからは楽しそうな話し声が聞こえてきた。既に他のメンツは揃っているらしい。
「ひさしぶり。もしかして俺が最後?」
「です。どうぞ」
「お邪魔しまーす」
俺も靴を脱いで隅っこに揃え、あまり足音を立てないように廊下を歩いた。賃貸だって言うけど綺麗だし、傷が付いたら大変だし。何より他人の家って緊張するから。リビングに出ると見慣れたでかい男がたくさん居て、その中でもひときわでかい声が響いた。
「小見やん! 待ちかねた!」
「ごめんごめん。事務所に用事があって」
「こないだの映画見たよー。ちょっと映ってたね」
「マジで映ってただけだけどな」
今日の主役は俺ではないけど、遅れてきた俺にもみんなちゃんと絡んでくれた。舞台俳優をしている俺は先日公開された映画に出演を果たしたのだが、その話題が振られると恥ずかしい。絶対言われるだろうなとは思っていたけど、主役とか重要人物とかじゃないから。もっと大物になってから話題にして欲しいもんだ。見てもらえるのはもちろん嬉しいけど。
そんなことより今日は俺の話はどうでもいい。主役のふたりと、お腹の中の未来の主役に挨拶しておかなきゃならない。
「すみれさん久しぶり! うわあ大きくなってる」
「お久しぶりですー。もう八ヶ月ですよ」
「やべえ」
男の俺からすると身体の中にもうひとつの命があるというのは結構感動的だった。キッチンの一番近くに座っていたすみれさんは(その隣が赤葦の席のようだ)、大きなお腹を撫でている。結婚式の時は華奢でにこにこしてて可愛い人だなあと思ったけれど、お腹に命を宿したせいか大人びて見える。結婚して落ち着いたのかも。そんなすみれさんが俺を呼ぶように手招きして言った。
「ねえ小見さん、早くDVD見たいです」
「あ。はいはい」
そう言えば俺は赤葦を経由して彼女に頼まれていたのだ、出演した舞台のDVDを持ってきて欲しいと。本当は劇場まで見に来てくれる予定だったのだが、そのタイミングで妊娠したすみれさんは来れなかったのだ。
「気に入ってもらえるといいけど」
「すみれは小見さんのファンみたいですし大丈夫ですよ」
「なんか恥ずかしいな〜嬉しいけど」
「そんな! 私すごくファンですよ」
「赤葦は?」
「俺もちゃんとファンです」
「ちゃんとファンとは」
そんな会話をしながらパッケージを開けて、赤葦がDVDをセットしていく。その様子を見た木兎がまたもや大声で反応した。
「あっ! 小見やんの舞台!? 俺も観たい!」
「うるせえ! 言われなくても今から流すんだよ! この大型テレビで!」
「おお! これはまさか俺らが結婚祝いにプレゼントした当時の最新モデルの大型テレビか!」
「何回やんだよこの流れ」
木葉たちはげらげら笑いながらもDVDに見入るため、前傾姿勢になっていた。改まって同級生に見られるのは照れくさいけど、いずれ俺がもっと大物になれたらこういう機会は増えるのだろうし耐えることにする。
そして上映を希望したすみれさん本人はと言うと、飲み物か何かを取りにキッチンに向かっていた。
「すみれ、大丈夫? 座ってなよ」
「だいじょぶー」
すかさず赤葦が声をかけたが彼女は軽く手を振ってそのまま進み、やがて冷蔵庫を開ける音が聞こえた。
この、いたって普通の会話や行動が、俺にとっては新鮮だ。他のメンバーも同じくそう感じている。赤葦はもともと気の回るやつだけど、すみれさんに対しての言葉遣いが前と違う。恋人じゃなくて奥さんに対しての言葉って感じ。
「赤葦、夫してるなあ」
「夫なので。もうすぐ父ですが」
「父!」
「つっても実感湧かなかったですよ最初は」
本人がこんな様子なんだから、周りの俺たちはもっと実感が湧かない。まだまだ歳下でちょっと抜けてる後輩だと思っていたのに、いまや一番乗りで父親とは。
「父親役が来た時のために赤葦のこと観察しようかな」
あまりに感慨深かったので、ついこんなことを呟いた。いつかはそういう役どころに選ばれるかもしれないし。ところが赤葦はちょっぴり不気味そうに拒絶した。
「……え。観察とかやめてください」
「そうだぞ小見、赤葦だけを見て勉強したら役の幅が狭くなるだろ」
「すげえ本格的な指摘してくんじゃん」
「奥さん役がすみれと全然違う系統だったら俺じゃ参考にならないのでは?」
「そりゃそうだけど」
「呼んだー?」
「呼んでな……いや呼んだ呼んだ。こっち来て」
自分の名前に反応したすみれさんが、ペットボトルを抱えてやって来た。赤葦がそれを優しく奪い取って「各自でお願いします」と机に置き、そのまますみれさんの身体をソファに沈めた。
「え。何? 何?」
「座ってゆっくりしてろってこと」
赤葦の意見には全員賛成したが、すみれさんは「前の検診でこれ以上体重増やすなって怒られたのに」と不安そうであった。そんな悩みも独身の俺たちにとっては可愛いもんで、夫の赤葦も「あとで一緒に散歩しよう」とたしなめていた。一緒に散歩ってなんだよ散歩って。結婚生活、安定しまくってるじゃん。
「……いーなぁ」
その日の帰り道、赤葦夫婦の様子を思い返してはポロリと口からこぼれ出た。俺なんかまだ相手も居ないけど。結婚なんかまだいいや、と思っていたはずの木葉とか猿杙も羨ましそうにしていた。ちなみに木兎の結婚観は全然知らない。
「出産祝い、何にする?」
「うーん」
「今年の最新型の大型テレビ?」
「テレビそんな要らねーだろ」
テレビで縛る必要はないのだが、あのテレビは結構いい値段がしたから元が取れるまでテレビネタで楽しみたいのかもしれない。が、今度の贈り物は夫婦だけじゃなくて赤ちゃんにも役立つものじゃないと意味がないような。
帰りながらみんなでうんうんと悩んだけれど、「二ヶ月後までにそれぞれ一案考えとこう」と猿杙の口からまともな意見が出たところで満場一致した。