丸みを帯びてもやっぱり三角
うちの親は過保護だ。せっかく高校生になっても門限を夕方五時にすると言われてしまい、納得いかない私は無理やり「帰れない理由」を作った。薄暗い夜道でも颯爽と歩いて帰る女子高生の姿に憧れていたから。
もちろん危険が伴う道は避けるけど、とにかく明るいうちに帰るのではなく「夜まで帰れない理由のある生活」が大人っぽいと思っていた。
でも、半年も経たずにそれは「帰りたくない理由」に変わった。バレー部のマネージャーを始めてからというもの毎日が忙しく、例え帰りたくても帰れない状態が続き、最初は正直しんどかったけど。しんどさはやり甲斐や充実感に変わり、ようやく両親も部活の日に帰りが遅いことに関しては何も言わなくなってきた。
が、今度は同じ部活の部員たちが過保護になってきて困っている。
「白石さん、バス停まで送ってく」
その過保護な人はひとつ上の先輩なのだが、ついにはこんなことを言い出した。「家まで送る」とは言わないあたり好印象だと言いたいけれど、学校から徒歩数秒しかないバス停まで送られても困るというか意味がないというか。
これまでも様々な申し出を断ってきたのに、この猯先輩という人はなかなか引き下がらないのだった。
「……大丈夫です」
「大丈夫やない送る」
「え、バス停すぐそこなんで……ていうか猯さんの家は反対方向じゃなかったですか」
「バス待っちょん間に何かあったらどうするん?」
「ないです」
ないと言いきれるのは、同じく部活を終えた他の部員も何人かは同じバスに乗るからだ。時にはバレー部以外の人もいる。さすがに学校の真ん前にあるバス停で、複数の生徒が居るのに襲われることは考えにくい。このバス停の位置も、親に部活動を許してもらえた理由のひとつである。
「白石、俺も今日バスやけん一緒に行こう」
と、そこへ寄ってきたのも先輩だ。猯先輩と同じく珍しい苗字の雲南先輩。とても呼びにくいのであまり「雲南さん」とは呼ばないけど。その雲南先輩がいつもは自転車通学だというのに、今日はなぜかバスに乗ってきたと言う。
「なんでバスなんですか?」
「自転車パンクしたけん」
「なるほど」
まあ毎日行き帰りで自転車に乗ればパンクすることもあるだろう。私も中学の時に経験した。
自転車が無理ならバスを使うしかないので彼の誘いはすんなり受け入れそうになったけど、猯先輩は「てめえ何パンクさせとんのかちゃ」と全く納得していない。
「猯は元気に自転車乗って来ちょんもんな? 白石のことは俺に任せて消えちくれ」
「は?余計に任せきらんが?」
「おーい。お前ら白石を困らせんなちゃ」
部室の鍵を閉めながら桐生先輩が声を張ってくれたけど、あまり効果はないようだ。
私が去年入部した時から、ありがたいことに二人はちやほやしてくれていた。単に私が一年生の女子だってことと、マネージャーに辞められたら困るってことで良い扱いをしてくれているのだと思っていた。でも今は良くも悪くもマスコットみたいな、とにかくいい加減やり過ぎだと思う。時々うんざりすることもあるけど、そんな顔を見せるのも失礼かなあと思って耐えている。
よって私が本音をこぼせる相手は同級生で、なおかつレギュラー陣とそこそこ交流のある(というかレギュラーの一人である)臼利くんしか居ないのだった。
「バス停ってさ、すぐそこだよ。正門出て五歩くらい右に歩いたとこにあるんだよ? たったの五歩! どう思う」
「あの二人には白石がか弱い美少女に見えちょんやないかな。コンタクト入れ忘れちょんかも」
「ひど」
大きなショルダーバッグをかけ直しながら話す臼利くんは、全く私を女扱いしていない。それはそれで悲しいのだが一年半も経つと慣れてきた。こっちの扱いには慣れてきたのに、先輩ふたりからの扱いに慣れないのは不思議だ。
「まあ今のは半分冗談として」
「半分本気なんだ」
「たぶん自分らの練習のせいで女子の帰りが遅くなるんを気にしちょんやろ」
ところが彼の口から「女子」なんて出てきたのでちょっと意外。しかもそんな台詞、少なからず自分もそう思ってないと出てこないのでは? いや、臼利くんに限ってそんなことは。
「へー。臼利くんにもそういう気持ちあったりすんの」
「ない」
「えー……」
「あっ! 八さん待ってください俺も帰りますんでー!」
期待どおりというか期待はずれというか、臼利くんは最後まで私の顔なんか見もせずに桐生先輩のところへ走っていった。帰る方向が同じだから仕方ないのだろう。私をいじりっぱなしで放置したとしても、臼利くんの中ではどうでもいいのだろう。むしろ彼にまで過保護にされたら調子が狂うので、安堵と呆れの混ざった溜息が出た。
「猯さーん、恵さーん」
声を張って呼ばなくても、ふたりの先輩はぴたっと動きを止めた。というか揉めるのを止めた。
「喧嘩はそのくらいにしてください。バス停までなら大人しく送られますんで」
そのあと猯先輩は自転車に乗って解散、雲南先輩は仕方がないのでバスの降車までご一緒して解散。それがいい。が、猯先輩は納得いかない様子だ。
「なんでコイツは恵さんで俺は苗字で呼ぶんかちゃ。理由によっちゃ第二ラウンド入りそうっち」
「いや単にウンナンさんって呼びにくいので」
「呼びにきぃなら仕方ないよな、なあ呼びやすい苗字のマミくん」
「よしゴング鳴った」
そこからは私を放り出して、ふたりで言い合いを始めてしまった。大事にしてくれてるのは分かるんだけど、まだ私中心っていうよりもお互いに勝ちたい気持ちのほうが強そうなので、今ひとつトキメキには至らないのである。
「……もう先に帰ろうかな」
彼らに付き合っている時間も勿体ないし、そのうちにバスを一本逃してしまう可能性もある。それじゃあ元も子もないのでこっそりお暇しようと思っていた時、耳をつんざく鋭い声がした。
「お前ら!いい加減遊んでねーで帰れ!」
「わっ」
練習後の様子を見に来たみっちゃん先生が、鬼の形相でこちらを見ていた。まるで鶴の一声のように先輩たちが言い合いをやめ、足を揃えて直立する。その姿に苦笑いしていた私だけど、先生は私にもぴしゃりと言った。
「すみれはバス通学っち言うても女の子なんやからダラダラしない!」
「はいぃ! すみません」
「あ、それなら俺らが」
送りますと言おうとしたのか、先輩がふたりとも手を挙げた。みっちゃん先生はそれに目もくれず私を手招きし、そのまま親指で背後を指した。
「そこ車停めちょんけん乗れ! 送っていくけん」
先生の後ろには美しく光るワゴン車のライトが。みっちゃん先生が通勤に使う自家用車だ。私は瞬時に判断した。このままちょっと面倒な先輩の相手をしながら帰るか、尊敬する年上女性の助手席に乗って帰るのかを。
「……わかりましたぁ」
「えっ」
「先輩方すみません、私は先生に甘えますー」
「えー!?」
「ではまたー」
軽く手を振ってそそくさと退散する私を、彼らは追ってこなかった。みっちゃん先生に逆らおうなんて部員の誰も考えないからだ。私を止めるどころか最終的には腰を直角に曲げて、私たちの乗る車を見送っていた。
呆れながら運転していた先生からは「あいつらがそうとは言わんけど、過剰に優しい男には注意しちょき」と助言を受けた。……今度からその台詞を利用してふたりを躱すことにしよ。