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また明日、泣いたりしよう



スポーツの試合を観に来るのは人生で初めての事だった。
バレーボールは勿論の事、野球だってサッカーだってテレビでしか観たことが無い。中学や高校の時に、同じ学校の生徒が出ていた試合なんかも観に行った事は無い。だから余計に大きく見えた。大阪の体育館では3000人を超える観客席がほぼ満員になり、メディアも多数詰めかけている。
ほとんどの人が注目しているのは、私の隣に居る侑くんの双子・治くんであるというのはすぐに分かった。


「うっわ見て、あの派手なポスター」


侑くんは苦笑いをしながら、治くんの所属するチームのポスターを指差した。自分とそっくりの顔がポスターの真ん中にドンと載っているのはどんな気分なのだろう、もしかしたらそれを誤魔化す為にわざと発した言葉かも知れない。


「ええ席やからしっかり観やななあ」


コート全体をよく見渡せる席に座ると、侑くんが大きく伸びをしながら言った。


「私、ルールよう知らんけど大丈夫?」
「相手コートに戻す前にボール四回以上触ったらあかん、床にボール落としたらあかん。こんだけ分かっといたらええやろ」
「ほんまかなあ」
「ややこいねん、言葉で説明すんのは」


確かにややこしいんだろうけど。
私はバレーボールなんて体育の授業でしかやった事が無い。今日ここに来る前にもポジションがどうとか説明を受けたけど、電車の中で全てを理解するのは無理だった。そもそもバレーボールに細かいポジションがあるのも知らなかった。落ちそうになったボールは取れる人が取ればいい、と思っていたし。


「まあ観ながら説明したるわ」


と、侑くんが言った時に選手の入場が始まった。一番盛り上がったのは宮治くんが登場した時だ。女の子の黄色い声援を受けているが、当の本人は引越しを手伝ってくれた時のように無表情である。そんなコート上の双子を見て、侑くんは苦笑いであった。


「あいつ当然のようにスタメンやな」
「凄いやん」
「ま、そんくらい活躍してもらわんと来た意味無いけどぉ」


侑くんはフンと鼻を鳴らしたけれども、やっぱり誇らしそうにしていた。治くんが活躍するのが嬉しいのだ。
治くんが出る試合はテレビで放送されるものは殆ど観ると言っていたし、観られなかった試合の結果もインターネットですぐに調べるらしい。治くんの活躍が自分の事のように嬉しいのだろうか。

やがて試合開始のホイッスルが鳴り、一番最初は治くんのサーブであった。静まり返る会場、ボールが二、三度バウンドする音。そしてまた静かになる。かと思えば治くんがボールを高く上げ、勢いよくジャンプしてサーブを放った。


「うわ!?」


驚いたのは私と、周りの観客たち。治くんのサーブは物凄いスピードでネットを超えて、私が瞬きする間に相手チームの誰かがボールに触れたけれども、上手く拾えなかったようでコートの外に落ちた。治くんのチームに一点追加だ。


「え!うわ、すっご」
「腹立つくらい調子ええやん」
「腕折れてまう…」


あんなに強く速くぶつかってくるボール、綺麗にぽーんとレシーブ出来るなんて信じられない。
…と思っていたが、二本目のサーブはきちんと相手チームがレシーブし、攻守が一気に入れ替わる。バレーボールってこんなに休む暇もないスポーツだったかな。
コートの中は狭そうに見えるけど、人と人との絶妙な間に無残にも落ちていくボール。私が実際あそこに居たら何が出来るだろうか、たぶん何も出来ない。

どちらのチームも一進一退の状態で初回のタイムアウトが訪れた時、侑くんが言った。


「嘘やと思われるかもやけどな、俺もほんまはあのくらい出来とってん」
「え」
「まー治は今のチームで揉まれてるやろし、高校ん時より格段に上手くなりよったけど…」


侑くんは、水分補給をする双子の姿を見下ろしている。本当なら隣に自分が居たはずなのに、とか、考えているのかな。


「昔は双子揃って注目されててん」
「…へえ」
「卒業前に俺のほうが怪我してもうて、そっからは治だけ」


この話は以前にも聞いたことであった。あまり人には言い触らしたくないであろう内容。けれど繰り返し口にしてしまうのは、未だに彼の中で消化出来ていない事の表れでは無いだろうか。


「辛かったやんな…?」


どうして世の中のこんなに大勢の中で自分だけ?と、侑くんは思っただろう。だって私もそう思った事があるから。辛くて辛くてどうしようもない時に決まって行き着くのは、死んじゃったら楽なのかなあって事だった。


「うん。死のかなって思った」
「……」
「正直、お前に会うまでは時々いつ死ぬかなって考えてたで」
「嘘っ」
「ほんまやし」


侑くんのような強い男の子でも、やはりそれを考えた事があるらしい。しかもつい最近まで。


「でも簡単に死んだらあかんなあって思った。自分、お父さんおらんなった時悲しかったやろ?」
「…うん。」


私のお父さんは死んじゃったわけじゃ無いけれど、今まで当たり前に近くにいた人が突然居なくなるのは受け入れ難い。
幸い、お母さんが死んでしまったのは物心つく前だったけれども。

高校卒業間近の侑くんがもしも自殺をしていたら、今あそこに居る治くんは、無事にバレーを続けていたのかな。
侑くんも同じような事を考えているのか、その目は治くんのほうを見ていた。


「産まれる時は難しいのに、ついでにそのあと生き続けんのも難しいのに死ぬのは一瞬で簡単な事やん。ほんなら死ぬまで頑張ってみよかなあ、なんて」
「……」
「ポエマーか」
「自分で突っ込むんや」
「お前が何も言わんからやろ!」
「聞き入ってたんやもん」


確かに侑くんの言うとおりだなぁと思ったから。赤ちゃんが産まれるのはとっても凄い偶然と運命が重なって、十ヶ月経ってやっとお母さんの身体から出てきてくれるけど。自分で自分の命を断つのは一瞬だ。その勇気さえあれば。

けど私も侑くんも、結局は死ぬ度胸が無かった人間なので。という事は今が辛くても生きていかなきゃならないわけで。でも、一人だったら辛くて投げ出したくなるかも知れないけど、今となりには侑くんという人が居る、ので。


「私も頑張らんとなあぁ…」
「おう、頑張りや」


そこでちょうど、タイムアウトが終了した。コート脇に下がっていた選手たちが再びコートの中へ入り、体育館じゅうに漂う緊張感。思わず私まで雰囲気に押されて息を呑んでしまう。
けれど侑くんは気持ちよさそうだ。治くんと一緒の空気を感じているから?それとも、治くんを通して自分も試合に出ているような気分になるの?それを聞くにはまだ早そうだ。


「ほんま有り難うな」


私の声は独り言のように聞こえたかも知れない、あまりにも噛み締め過ぎたせいで掠れてしまった。でも侑くんの耳には届いていたようで、ちらりと私を横目で見ながらも知らんぷりで答える。


「なにがやねん」
「分かってるくせに」
「別に俺がおらんでもいつかは立ち直ってたと思うけどな?」
「んな事ないわ」


侑くんはそう言うと、観戦に集中するため前のめりになった。同時に館内に響くホイッスル、今度もまた治くんのサーブだ。


「侑くんのおかげやもん」


私も続けて上半身を前に倒して、コートを上から見下ろした。そんな私をまた、ちらりと見てくる侑くん。


「ほんなら俺も、死なんと頑張ったかいがあるわあ」


その、「ほんなら」に掛かっている言葉が何なのか。これを聞くのもまだ早いだろうか?
何かを質問したそうな私と目が合って、ふふっと笑みを漏らした侑くんは今度こそ治くんの試合に集中した。