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ぷるる、ぷるる、電話が鳴る。
しゃらん、と設定したお気に入りの通知音がひっきりなしに鳴り響く。全部全部うっとうしい。みんな私に興味なんか無いくせに。

それなのに、私が誰からも相手にされないことを悲しむ人間なのだと悟られているのか、今日の携帯電話からはものすごい数の音が聞こえていた。


『ももかちゃん、待ち合わせは新宿の駅でいい?』


これは今日、同伴の約束をしていたお客さんからだ。きっともうすぐ仕事が終わるから待ち合わせ場所の確認をしたいのだろう。


『本当に大丈夫?』


これは大学の友だちから。「大丈夫?」って大丈夫なわけが無い。あなただって私の元彼が他の女と浮気しているのを知ってて、私に黙っていたくせに。「言うべきか迷った」なんて言っていたけどどうせ私のことを笑ってたんでしょう、最低な人。


『今日9時までには店に入って』


続いて店のボーイから。同伴していくことは伝えていたから、さっさとご飯を食べて店に来いとの命令だ。


『ももかちゃん今日は何時に来れる?わたしお客さん2組被っちゃうんだけど、ヘルプお願いしたいなあ』


最後にこのメッセージを読んだ時に、寒気と熱とが同時に生まれた。
美麗ちゃんからの可愛い絵文字やスタンプが使われたメッセージ。このように、相手が私やほかの女の子であってもお願いごとやおねだりは全力だ。それでも別に構わないと思っていた。美麗ちゃんは頭が良くてとても美人でスタイルがよく、お客さんからの評判もいい。その日についたお客さんの事をノートにメモして忘れないようにしている努力だって驚いた。

けど私はもう、例え美麗ちゃんが「持ってるドレスぜーんぶあげる」と言ったって彼女と仲良くすることは無い。金輪際無理だ。あの可愛い顔で可愛い声で、私の流星の隣に居たあの子とは。


手に持った携帯電話を握り潰してしまいそうなほど力を込めて画面を見ていると、また電話が鳴った。途端に現れる画面の文字は『流星』、いま最も見たくない、聞きたくない、でも直接話して理由を確かめたい相手。

しばらく息を呑んで画面を見つめた。指を少しスライドさせれば電話ができる。
…それなのに怖くて出来なかった。やがて着信音は止み、今の電話が何の用事だったのか確かめるすべを探す。でもその必要は無かった。すぐにメッセージが飛んできたから。


『ももか、起きてる?今週の金曜だからね〜頼んだよん』


今週の金曜日。流星のバースデーイベントが行われる日。私は5日後の夜、あそこに行かなければならない。彼の誕生日を華々しく飾らなくてはならないのだ。
でもそれって、そうやって遣ったお金って、今までもこれからも、もしかして…


『いま店長に電話した!同伴だったんだね!じゃあ9時までにはお店に来てね☆太い人だから放置できないの!』


続けて、美麗ちゃんから。
このメッセージを打ちながら彼女は何を考えているんだろう。昨日のあれが私の夢や幻で無いのなら、美麗ちゃんは流星と恋人同士で浮かれている私を薄ら笑っているに違いない。

…それどころか、今この瞬間もあの人達は一緒に居るのでは無いだろうか。二人で一緒に私へのメッセージを送り、それぞれに返事をする私とのトーク画面だって見せあって笑っているかも。
さっきの流星からの電話に出たとして、前の私のように美麗ちゃんとの行為中に悪戯っぽく架けてきたのだとしたら?ほんとうに愛されてるのは美麗ちゃんなのに、彼女面して電話に出る私をどう思うんだろう?


そこまで考えた瞬間に、もう全部どうでもよくなった。さぼり続けている大学も、働いているお店も、同伴の約束をしてるお客さんも、大好きだった流星も。ぜーんぶもうどうでもいい。

その後も鳴り響く電話の画面に『流星』と出たのが見えたけど、何も考えたくなくて携帯電話の電源を落とした。





東京に出てきてからの私を全部他の誰かと交換して欲しい。そんなの無理だと分かってるけど。
好きな人、付き合った人にことごとく別の相手が居るなんて馬鹿みたいだ。しかもそれを隠されていて私は気付くことができなかった。その上そんな私を馬鹿にしていたんだ。

大学に入って最初に付き合ったあの人とは、何もかも初めてだったのに。流星は『俺がホスト上がったら一緒に住もう』と言ってくれたのに。信じた私が馬鹿だったのかなあ。

それならいっそ、派手に馬鹿らしいことをしてやろう。何も考えなくていいように。手段は沢山あるんだもん、お酒を飲んで記憶を飛ばして、身体を誰かに預ければいい。私くらいの女の子を喜んで受け入れる男は沢山居るんだ。それは水商売の世界でもう知った。

お金や女の子に飢えた男の人がたくさん歩くその町へ向かうため、私は服を着替え始めた。クローゼットを開けると、きれいにかけられたワンピースやコートが目立っている。
その下に、無造作に突っ込まれたタオルが一枚落ちていた。

なんだっけ、これ。見覚えがない。いや、ある。


「……ふくろうだに。」


聞きなれない単語がローマ字で書かれているこれは木兎がくれたもの。木兎は怪我をした私にこれを渡してくれたんだっけ。そして泣いてる私の話を聞き、ショックを受けた私の肩を強く強く握っていた。

きのう木兎に掴まれた肩がまだじんじんと痛む気がする。今はこの痛みも鬱陶しい。木兎の存在は私の考えと真逆すぎる。
思い返せばいつもいつも木兎とは考えが合わなくて、それなのにしつこく私をどこかから引きずり出そうとする。まるで私の生きるこの世界が間違いであるかのように。あんな人知らない、金輪際関わりたくもない、木兎の事なんか忘れたい。

ほんの一瞬の気休め程度でも、その時だけは全部忘れることが出来る事は何だろう。お酒を飲んで、身体ごと何も考えられないほど気持ちよくなればいい。後腐れのない誰かと一緒に。

マスカレイドは瓦解する