岩泉一


今日はインターハイの決勝戦が行われる日。青葉城西高校は予選敗退してしまったので、どこかに遠征に行くこともなくいつも通り宮城県内の、いつもの体育館での練習だった。

いつもと違うのは今日の夜、大きめの夏祭りが行われる予定ということ。
そしてこれまで友達としか夏祭りに行ったことのない私が今年初めて、恋人という生き物とともに行く。…ということだ。


『迎えに行こうか?』


と、岩泉くんからは優しいメッセージが届いていた。
こんな言葉を向こうから言ってくれるのは何とも有り難いんだが、浴衣姿を見せるのが照れくさい。けど、どうせ現地集合にしても見られることになるんだしなあ。着崩れる前に万全の姿を見せるのが良いかも知れないと思い、返信の文字を打ち込んだ。


『お願いします!』
『んじゃ家まで行くわ』
『駅で大丈夫だよー』


駅から私の家まで歩いて10分弱かかるので、効率的に駅で待ち合わせることにした。
ちなみに家を出る前にお母さんとお姉ちゃんに全身を見てもらい、思ってもないくせに「最高。大和撫子みたい」と褒め言葉を頂いた。


「………あ。」
「あれ」


家を出た矢先、入り口の目の前にちょうど数人の男性が通りかかった。数人とも背が高く一見威圧感のある人たちだが、よく見るとれっきとした高校バレー部員であった。


「あらまーお洒落してどこ行くの?」


そう言ったのは、中学が一緒だった事もあり未だにちょっとした交流のある花巻くんだ。聞くところによると私の家と彼の家は徒歩圏内らしい。行ったことないけど。そしてどうやら花巻家に向かう途中だったようだ。


「どこにって、見れば分かるじゃんか」
「夏祭りかあ」
「だから岩泉のやつ断ったんだな。せっかく新しいゲームやらせてやるっつってんのに」


…とまあ、花巻家でのゲーム大会はバレー部3年4人組の間で人気の行事なのだが、今日は3人しか居ない。そのうち1人の岩泉一は私の恋人で、今から一緒に夏祭りに行くのだから。


「岩ちゃんは?」
「駅で待ち合わせだよ」
「フーン…よし。一緒に行こう」
「え!?」


及川くんがUターンして歩き始めたので、思わず声が大きくなった。


「冗談やめてよデートなのに!」
「デートの邪魔はしないよ。駅まで一緒に行くだけジャン?」
「及川が行くなら俺も」
「俺も〜」


なんと、花巻くんと松川くんもドラクエみたいに及川くんの後ろについて歩き出した。
ひとりで待ち合わせに行く予定だったのに、ぞろぞろと男を連れてしまっては良くないんじゃないか。見ず知らずの男ってわけじゃない、むしろ岩泉くんの親友たちだけど。


「花巻くんち行くんじゃ…」
「ゲームより面白いものが見れそうだから」
「そうそう」
「はあ…?」


それってやっぱり良い予感はしない。彼らは真面目な岩泉くんを時々からかっているようだし。どうか余計な事をしてくれませんようにと祈るしかない。


「にしても、思いのほか似合うもんだな」
「マッキーの褒め方どうなの?フツーに似合ってるじゃん」


フツーに似合ってる、っていうのもあまり良い言葉とは思えないけど。それに及川くんはいつも女の子への褒め言葉を安売りしている印象があるので、あまりテンションが上がらない。
早く岩泉くんに見てもらいたいなあ。「浴衣着ていくね」とは言ったけどどんな浴衣なのかは伝えてないし、髪の毛だって初めてお団子にしてみた。どう思われるかな?


「岩泉ならちゃんと褒めてくれそう」


その私の不安と期待を感じ取ったのか、松川くんからはわりとマシな言葉が聞こえた。





「お待たせ!」


駅に着くとすでに岩泉くんが立っていて、携帯電話をいじっていた。最近ハマっているパズルゲームをしているのかもしれない。私が声をかけると顔を上げ、そして目玉を大きく見開いた。


「おう………、??」
「お疲れ岩ちゃん、護衛してきたよ」


驚くのも無理はない、本日の昼間まで共に汗を流していた部活仲間までもが揃っているんだから。


「何してんだお前ら。」
「浴衣美人が一人で歩くのなんて放っとけないからね〜」


そう言いながら及川くんは後ろに周り、私の背中を押した。おかげで岩泉くんの目の前まで進んだ私はこほんと喉を鳴らし、次の言葉を発するまでに数秒要した。


「…ど、どうかなあ」
「どうって…そりゃあ…」


岩泉くんは目を伏せた。…もしかして私のことを可愛いって思ってくれてるのだろうか?顔が少しだけ赤い気がする、それに表情を隠すように手を口元へやっている。
彼からどんな言葉が出てくるんだろうと期待に胸を膨らませていると、聞こえてきたのは及川くんの声だった。


「ていうか、白石サン下駄履いてんだよ?なんで家まで迎えに行ってやらないかな」
「あ?」
「あ、及川くんそれは…」


それは私が「駅でいい」と伝えたので、岩泉くんに非があるわけじゃない。岩泉くんも眉間にしわが寄ってきた。が、及川くんは言葉を続けた。


「紳士は常に玄関先待機が基本だよ」
「は?」
「お前それ元カノにキモイって振られたの忘れたんかよ」


ちょうどよく花巻くんがけらけらと笑ったおかげで、その話はそこで終わることが出来た。夏祭りに行く前から岩泉くんの機嫌を損ねられてはたまらない。私はほっと胸をなでおろした。

そして及川くんの失恋についてある程度えぐり返した後、3人はまじまじと私を見た。岩泉くんが「オイ見てんなよ」と制したものの、彼よりも背の高い3人への妨害にはならなかったらしい。


「今日はまた女の子らしいよなと思って」
「えっ。」
「浴衣効果だね」
「カワイイよ白石さ〜ん」


好き勝手に心のこもっていない事を言いながら、彼らは私への褒め言葉を連ねた。私に向けて言っているのではなく、岩泉くんに聞かせるような言い方であったのは気のせい。だと思う。





「……あいつらコロス」
「ま、まあまあ…」


改札を抜けてホームで電車を待ちながら、岩泉くんは先ほどのことを苦々しげに話した。やっぱり機嫌悪くさせてんじゃん!デート前にからかうなんて、なんて事してくれたんだ。

それからすぐ、すでに浴衣の人がたくさん乗り込んでいる電車が到着した。これに乗れば待ちに待った夏祭りだ、気分を切り替えよう。


「乗ろっか?」
「………」
「岩泉くん」


返事がないので声をかけると、岩泉くんははっと顔を上げた。


「どしたの…?」
「…や、悪い。なんでもない。自分で解決するから」


自分で、何を解決しようとしてるんだろう。及川くんたちに関係する事のような気もするけど、言ってくれないんじゃ仕方がない。





「わー!いっぱいお店出てるね」


夏祭りの会場に着くと既にすごい人だかりで、デートしている人はもちろん友人同士で来ている人、家族連れなど様々だった。美味しそうな焼きそばのにおいとか、クレープの焼けるにおいがする。


「何食べる?射的とかする?」


岩泉くんなら射的も上手そうだし、気分が盛り上がるかもしれない。そう思って提案したんだけど、隣の彼はぼんやりと考え事をしているようだ。焦点が合ってないし、何よりニコリともしていない。


「………岩泉くん」
「あっ、ごめん…射的するか?」
「…しない。」
「え」


私が立ち止まると、岩泉くんも立ち止まった。今初めて私の顔をはっきりと見た彼は、突然の私の拒否に驚いた様子だ。そんな顔したってもう遅い。


「岩泉くんさ…楽しくないの?」
「は……?」
「浴衣のこと、何も言ってくれないじゃん。黙りこくってさ」


せっかく家族と選んで、慣れない着付けでお腹も胸もぎゅうぎゅうで、お姉ちゃんにはヘアセットまでしてもらった。何度も鏡を見て変じゃないか、岩泉くんに気に入ってもらえるかなと思いながら用意していたのが惨めになってくる。


「……わ…悪い。」
「…及川くんたちに調子崩されたのは、わかるけど…」


あの人たちに家の前で会わなきゃ良かったなあ、普段は好きだけど今日だけはそう思える。そうすれば今私たちは手を繋いで、楽しく夏祭りを練り歩いていたはず。


「な!?何泣いてんだよ」
「だって……」


もろもろの感情とともにいつの間にか涙も溢れていたらしい。お化粧が台無しである。お姉ちゃんに高いチークをしてもらったのに、頬につうと涙が流れたのを感じた。岩泉くんは「泣くな」と言うがそれはできない相談だ。


「……無理ぃ」


ぎょっとした岩泉くんは私の手を引いて、他人の邪魔にならない端へと場所を移した。その間も涙が出てくるわ彼に申し訳ないわ残念だわで、顔を伏せるしかない。
あまり通行の妨げにならない場所まで来て、涙(と鼻水)を我慢しながら気持ちを訴えた。


「…それは俺が…悪いと…思ってる」


岩泉くんはバツが悪そうに言った。


「岩泉くんが悪いとかじゃ…私も、断ってひとりで行けばよかったから」


浴衣の私をエスコートしてくれる気持ちも1割くらいは持ち合わせたかもしれないが、9割は「岩ちゃんの反応が楽しみ」という感情だったんだろうなあ。

肩を落としていると、岩泉くんは腕を組んだり頭をかいたりしながら落ち着きのない様子で唸っていた。そして、ふうと息を吐いた。


「そういうのじゃねえんだよ、別にあいつらが居たのは良いんだけど……俺は、ほんとは家まで迎えにいくつもりだったし!」


岩泉くんの顔はだんだんと赤くなってきた。その表情からすると、怒りではなくて別の理由のようだ。


「白石が浴衣着てんのだって、一番に見たかったし」
「………」


尻すぼみになった声からは、女の子なら誰もがぐっとくる内容が聞こえてきた。


「…なのに花巻たちのほうが先に見て…素直に褒めまくってるし…俺が言おうとした褒め言葉、ぜんぶ持っていかれるし」


そこまで言って、岩泉くんは深呼吸した。
いつもの彼なら私に何かを伝える時には端的に、あまり感情的になったりしないのに。ほかの男の子に嫉妬している素振りなんて見せたことがないのに。


「ぜんぶ1番じゃなきゃ嫌なんだよ。かっこわりーだろうけど」


初めて「1番じゃなきゃ嫌」と岩泉くんの我儘を聞いた。不思議だ。ふつう、誰かに我儘を言われるのは面倒くさいのに。


「…かっこ悪くないです。嬉しいデス」


先ほどとは違う意味の涙が目に溢れてきた時、岩泉くんがハンカチを差し出してくれた。

「ん。」
「ありがとう…」


これでようやく夏祭りを楽しむことが出来る。男の子らしい無地のそれで涙を拭かせてもらい、手鏡で化粧くずれを確認してからハンカチを返した。…さすがお姉ちゃんの高い化粧品なだけあって、あまり崩れてない。ふうと安堵の息を吐いた時、岩泉くんがぼそっと言った。


「…浴衣姿は、すっげ似合ってるけどよ」
「うん?」


私が彼を見上げると、岩泉くんはふいと前を向いた。…私の姿を見ていたようだ。


「今日が特別だとは思わない。白石が可愛いのは元々だろ」


ごほんと喉を鳴らしながら言ったその台詞は、他の誰かなら「せっかく浴衣を着たのに!」と怒るかもしれないけど。一足先に、私の頭に打ち上げ花火を放たれてしまったような感覚だった。

岩泉くんが手を差しのべて、私がそれに応じると彼はゆっくり歩き出した。
告白された時と同じくらいに心臓がどきどきしている。今日、何度か頭に花火が弾けてしまうかも。

スパークリングサマーナイト

ナベ様より、岩泉か黒尾か白布で嫉妬喧嘩・というリクエストでした。岩ちゃんを選ばせていただきましたが、やはり優しい彼は「喧嘩」というほどの激しい内容にはなりませんでした…が、優しい嫉妬となりました。ありがとうございました!