白布賢二郎



「賢二郎はソクバッキーなの?」


部活を終えて着替えている時、やたらと元気な天童さんに話しかけられた。
俺は疲れきっているというのにこの人は練習を程々にこなしていたのか、笑顔を見せる余裕があるらしい。しかも内容は全く部活に関係ないものだ。


「…何ですかソクバッキーって?」
「束縛が激しいクソ野郎って意味だよん」
「つまり俺はクソ野郎だと言いたいわけですね」
「ちがうちがーう」


天童さんは爆笑しながら否定するが「ソクバッキーなの?」なんて質問をしてくる時点で失礼極まりない。しかし言い返す気も起きなかった。俺は俗に言うソクバッキー、束縛が激しい男であると自覚しているからだ。

しかし彼女に対して束縛するなんて当然の事で、他の男に見られるのも声をかけられるのもましてや触れられるのも嫌だなんて普通じゃないか?常に彼女がどこで何をしていて誰といるのか把握しておきたいなんて、おかしいのか?


「おかしくはないけど」


そんな相談は自然と川西太一にするしかないので(こいつは口が堅いから)バレー部の先輩たちと解散したあと、太一とふたりで話をしていた。


「おかしくはない、けど?」
「それをそのまま本人に言うのはどうよ?白石ってガツガツ言われるの苦手そう」
「……仕方ねえだろ」


自慢じゃないけど女の子と付き合った経験なんか多くはない。中学の時に告白されてなんとなくOKの返事をした相手は自然消滅したし、その子には気づけば新しい彼氏みたいなのが出来ていた。ちょうど俺もその頃に白鳥沢を目指すようになったので女の子の相手をする余裕もなく、落ち込む気もなく。

そして高校に上がり1年のときに同じクラスになったすみれに、どういうわけか好意を抱いてしまったのだ。


「…客観的に見ると、めちゃくちゃ良い女ってわけじゃないんだけど」
「お前それヒデェな」
「最後まで聞け」


あくまで客観的に見た場合の話である。
同じクラスになり委員会が一緒になり話す機会が増え、部活に明け暮れる俺の負担を減らすよう、先生から出された指示を俺に通さずに一人で終わらせていたり。何かと話しかけてくれたり毎日笑顔を見せられたり。
すると恋愛経験の浅い高校男児の心なんか簡単に彼女へと傾いていった。それに、好きになればなるほどに可愛く見えるし困ったもんだ。可愛すぎて冷静な対応ができなくなった俺は思い切って告白した…ら、OKだった。

そこからはもうメールも電話も何から何までスマホの画面にすみれの名前が出る度に俺の調子は絶好調で、その為かどうか分からないけど学業の成績を保ったまま正セッターにまで登りつめた。


「俺から見るとマジ完璧なんだよな」
「だから束縛しちゃうのね」
「言っとくけど、したくてしてるわけじゃねえぞ」
「ほーん……あ。賢二郎さん」


太一がテーブルをとんとん突いた。その太一の視線の先には俺のスマホがあり、画面上には「すみれ」と出ている。彼女からの着信だ。


「ラブコールきてる」
「うっせ。じゃな」
「へーい」


軽く挨拶してから太一の部屋を出て、通話のために早足で自室に戻った。廊下での通話は禁止されているのである。
俺が通話ボタンを押す前に切れてしまったのでかけ直すと、すぐにすみれが応答した。


『ごめん、忙しかった?』


俺がなかなか電話に出なかったので申し訳なさそうにそう言われたが、特に忙しくはなかった。太一の部屋で雑談をしていただけで。でもこういう気遣いの言葉を難なく言えるところも、すみれが俺の自慢の彼女たる所以。


「忙しくないよ。何してた?」
『さっきまでユリコの部屋にいたよ』


同学年のササキユリコ、すみれの友だちで俺も時々会話をする女の子だ。
ササキは別に良いんだけどその他に口の軽い別の女とか、変なちょっかいを掛けてくる女が居なかったかどうかが問題だ。まかり間違って立ち入り禁止の男子が同じ部屋に居たかどうかも。


『ちなみにユリコと二人だけだからね』


…聞く前に知りたいことを言われた。そろそろ俺の考えている事を先取りしてくれるようになったらしい。


「そう。ならいいや」
『賢二郎は何してたの?』
「太一と世間話」


っていうか俺がすみれを好き過ぎて束縛がすぎる件について。

恐らくすみれは、俺が一般の基準よりもいささか束縛が激しいことに気付いていると思う。そうでなければ俺と2ヶ月も付き合っていられるはずが無い。さすがに「男の連絡先は消せ」とまでは言っていないが、気付いたら彼女の連絡先はほぼ女の子だけになっていたし。
俺に合わせてくれてるんだろうなあと考えていると、すみれからの質問が続いた。


『川西だけ?』
「そうだけど」
『何の話してたの』
「……すみれは何の話してたの」
『えー』


俺たちが繰り広げていた会話なんてどうでもいい内容だ。それよりすみれがササキと何についてどのように話していたのか、その内容に俺は関係あるのか無いのか、他の男の話なのかが気になって聞いてみた。
しかしなかなか答えないので、まさか本当にやましい事があるんじゃないかと不安になる。


「何?俺に言えない話?」


こういう時は冷静でなきゃならないんだが、焦りのほうが勝ってしまいこのような聞き方をしてしまった。


『言えるけど、なんか…』
「言って」


こんなに渋るという事は俺には言いづらい話、他の男が関わる話?それなら余計に聞きたくなるのは当然だ。心移りや浮気心は無いとしても、すみれの口から男の名前が出るだけで俺の精神は削がれていく。ぶっちゃけ太一の名前だとしても削がれる。


『……賢二郎のこと惚気けてただけだし』
「…嘘つけ。」
『嘘じゃな、』
「じゃあどんなふうに惚気けてたか言えよ」


何をどのように話していたか事細かに聞くのもいつもの事である。ただ、少しでも「俺には言えない話なのでは?」と思わされた時点でこんな言い方になってしまうのは直したいんだけど。どうしてもなかなか余裕が出ないので、それを隠すのに必死で口調がきつくなってしまうのだ。


『…そんなの恥ずかしくて言えないけど、要約すると…賢二郎は真面目で、かっこよくてモテるのに他の子になびかないし、私みたいなのと付き合ってくれて幸せ!…って』
「………。」
『言わせといて無視!?』
「いや…」


要約してコレだとしたら、一から十まで聞くと幸せで気絶してしまいそうだ。嬉しくて仕方が無いのを声に出さないようにしながら、咳払いで誤魔化した。


「そしたらササキはなんて?」
『束縛されてるうちが華だよって言ってた』


…あの女。


「…やっぱ俺にアレコレ聞かれんの嫌か?」
『え?』
「ちょうど太一にも言われたから」


先述のとおり俺は、自分が少し異常であることは分かっている。分かっているけど気になって気になって、独り占めしたくてしたくて仕方がないのだ。他人からの指摘だって何度も受けている。

でも俺はすみれが今まで嫌そうにしていなかったからアレコレ口を出すだけで、もしも嫌がるなら多少の我慢はできる。


『川西には関係ないよねぇ?私は賢二郎に束縛されるの嬉しいもん。それでいいじゃん』


けれど、すみれは明るい声のままで続けた。川西太一の意見は理解しがたい、とでも言うふうに。


「………そう、なんだ」
『んー』


何かを飲んでいるらしい、「うん」という言葉ではなく、じゅるると吸い上げる音と一緒に返事が聞こえた。そのくらいすみれにとっては小さな事で、特段俺が気にする必要の無い事のようだ。


「じゃあこれからも俺、縛ってくから」
『ふはは!縛るの?』
「縛るよ」
『いいよ。私も縛り返す』


はた、と会話が止まった。縛り返すってどういう事だ。


『私も結構束縛きついよ。隠してるだけで』
「…どうかな。俺には負けるだろ、他の男と会話されんのも嫌なんだぞ」
『ぶっ』


すみれがついに吹き出して笑うのが聞こえた。やっぱりおかしいのかよ俺の束縛は。恥ずかしくなってきた。
しばらく笑いをこらえる声と、ごそごそという音(飲み物を吹き出したンだと思う)が聞こえていたが、やがて落ち着いたらしく深呼吸をして言った。


『私も賢二郎に女の子と会話なんかされたくないよ!一言も!視界にも入れて欲しくないよ』


その言葉は頭にぐさりと刺さってきた、いい意味で。

俺は俺の思うままにすみれを自分のものだけに、独り占めしたいと考えても構わないのか。彼女にとって迷惑ではなく、むしろ同じことを考えていたのか。
ここは一人部屋で誰にも見られてはいないけど、顔が赤くなったのを感じて思わず手で口元を覆った。


『私の勝ちかな?』
「………引き分けだろ」


太一の野郎に、そしてササキに、今の会話を聞かせてやりたい。そうすれば、俺たちに余計な助言やダメ出しなんかしてくるなと胸を張って言えるのに。「私も束縛きついよ」と自分で言ってのけるすみれからの束縛が楽しみだ。

オブラートを脱ぎ捨てろ

亀吉様より、束縛の強い白布くん・というリクエストでした。互いにソクバッキーになりましたが白布くんは絶対に束縛強いと思うので、台詞がすらすら出てしまいました…川西にも嫉妬するんだろうなあ(笑)ありがとうございました!