五色工
一年前の今頃は買ったばかりの制服に着られているだけの、何の変哲もない新入生だった。
それにだんだんと色が加えられていったのは偶然同じクラスになったつとむの存在が大きい。入学式を終えて教室に入った瞬間に、ひときわ背の高い男の子が自分の席を探してきょろきょろしていたのを鮮明に覚えている。
あの日も確か快晴で、開花時期が心配されていた桜もきれいに咲いていたっけな。
「すみれ、どこ見てんの」
つとむの練習が休みの土曜日、久しぶりにふたりで街を出歩いていた。と言っても買い物するでもなく観たい映画も無く、ふらふらと手を繋いで歩くという「恋人っぽいこと」がしたくて歩いているだけだ。スポーツ用品店に寄ったり本屋さんに寄ったりする程度。
そしてまた外を歩いているとちょうど桜が咲いていたので見上げていたところ、つとむに上記のように声をかけられたのである。
「あれ見て、桜」
「ん?うっわ、すげ」
すでに満開または間もなく満開であろう桜の咲き誇る公園を覗いてみると、お花見を楽しむ人たちで賑わっていた。まだ昼間だけど土曜日だし、家族や友人どうしでとても楽しそうだ。
いいなあ、あんなふうにゆっくり過ごしたいなぁつとむと一緒に。と思うのは声に出さないよう心掛けているのでそのまま通り過ぎようとしたが、つとむは立ち止まったままで言った。
「見てく?」
「……え、ああ…つとむが見たいなら」
「うん。キレーじゃん」
つとむは繋いだ私の手を引っ張って、公園の中へと歩き出した。
ふたりで一緒に桜を見ることが出来るなんて夢みたいだ。私だって本当はここを素通りすることなくお花見をしたかったから良かった、つとむは桜に興味が無いだろうなあと思ったし。
でも思いのほかスマホで写真を撮ったりして、つかの間の休日を楽しんでいるかに見える。
「何か食べ物持ってくれば良かったなぁ」
「ほんとだねー」
「…あ、すみれストップ、そこ」
ふと、つとむが手を離した。そのまま私の立ち位置を指示するかのように手を揺らし、「左に寄れ」というふうに受け取った私は左に一歩移動した。
「そう!そこ」
「何?なになに?」
「撮るよー」
「えっ!ピンで!?やだやだ」
いつの間にかつとむがスマホを構えていて、桜の木の下にいる私の姿を写真に納めようとしていた。ふたりで記念撮影するならまだしも、私ひとりで写ってどうする。
しかし拒否の言葉虚しくシャッター音が数回聞こえてきて、私が慌てている変な写真が撮られてしまった。つとむは肩を揺らして笑っている。
「かわいっ」
撮影した画像を画面に出して私に見せながらつとむが言った。全然可愛くないし。
「…つとむ、ふたりで撮りたい」
「いいよ撮ろう、あれ出して」
「ん。」
私は鞄の中からあれを取り出した。セルカ棒である。買ったはいいがデートに行く回数も少なく全く使う機会が無いので、今日は忘れないように持ってきたのだ。
棒の部分を目いっぱいに伸ばしてつとむに渡し、さらに彼の長い腕がそれを持ち構えた。画面に私たちの顔が写る。すると、つとむがそっと私の腰に手を添えた。
「わ、」
「はーい、ちーず」
ぱしゃ、とシャッター音が鳴る。つとむは今撮影した写真の確認しているようだが私の心臓はどきどきだ。今、つとむが私の腰に!手を添えた!
「写真に写るために近くに寄って」という意味だったのかもしれないけど、そんな破廉恥な。当の本人は何も考えずにした行為のようで、笑いながら写真を見ていた。
「俺、顔でっけえな」
「…カメラに近いからじゃない?つとむのが背高いし」
「んー…もっかい」
もう一度、今度は私もちょっとだけ近くに寄ってみた。あ、つとむの匂いがするなあと感じた瞬間にまたシャッター音が鳴る。
「あれ?失敗」と言いながらもう一度つとむがセルカ棒を限界まで遠ざけて撮影しようとした。私とのツーショットを撮るのに必死な姿は、正直言って桜よりも見応えがある。
「うー難しい」
「……ねえねえ」
「ん?」
「すっごい幸せだね、今」
「んっ!?」
つとむの驚いた声と同時にシャッターの音、かと思えば彼の手元が狂って棒ごとスマホが地面に落ちそうになった。そこは自慢の反射神経で見事に持ち直してくれて、なんとか私のスマホは地に叩きつけられずに済んだ。
「あっぶねえ!ビビった」
「壊れた?壊れた!?」
「壊れてないセーフ」
「はあー…」
「すみれが不意打ちするから」
と言いながらスマホをセルカ棒から外して、私に返してくれた。私の顔を見ずに伸ばした棒を縮める作業をしているところを見ると、どうやら顔を見られたくないらしい。
「だって久しぶりだったんだもん。春休みも練習してたじゃん」
「それは…ごめんだけど」
「あ、いや、そうじゃなくて!久しぶりでついつい幸せ気分が溢れて…きて、ですね…」
言ってるうちに恥ずかしくなってきた。メールは毎日してるし電話も数日おきにしていたのに。休み明けの始業式、久しぶりにつとむの制服姿を見ただけで赤面するのを我慢したなんて言えない。
「…俺も幸せ。」
セルカ棒を元に戻したつとむが私に差し出しながら、顔を伏せて言った。大きな耳が真っ赤。つられて私も真っ赤になる。好きな人にそんな事言われたらこんなに嬉しくてこんなに恥ずかしいのか。思わず両手で顔を覆って隠した。
「……恥ずかしいコレ。」
「思い知ったか!」
「…まあ、撤回しないけど」
「俺も撤回しないよ。ちょー幸せ」
とうとう爆発音が聞こえた。
私の頭が爆発する音。
「……つとむのほうが不意打ちジャン…」
「あ、いい顔だ」
「うわ撮らないで!」
「すっげえ撮れた。連写しちゃった」
「ちょっと!」
「いいだろ全部可愛いよ」
私の手の届かない位置までスマホを上げて、連写したものたちをスライドしていく。画面には私の変な顔ばっかりが写し出されて、つとむがそれを見ながらけらけら笑った。
「すみれ、顔真っ赤じゃん」
「……さ…桜の下に居たからだもん」
「えー?」
上げていた視線を私の顔へと落とし、はたと目が合う。つとむの顔、その向こうに桜、そのまた向こうに青い空が広がっている。私の顔は桜色にも青色にも照らされているのに、そのどちらの色にも影響されていないようで。
「今も真っ赤だよ」
と言って微笑むつとむの赤い顔に、たぶん照らされているのだと思う。
桜舞う、愛満ちる
ユイハ様より、五色工とお花見に行く・というリクエストでした。お花見っていうか桜の近くを通りかかってるだけですが(笑) いつも沢山お話ありがとうございます♪これからもつとむを愛でていきましょー!