夜久衛輔


緊急事態発生だ。私の17年間の人生で一番の緊急事態。学園祭の当日にクラスメートたちが揃いも揃って休んでしまったのである。

これだと私以外の全員がボイコットしたかと思われそうだから詳しく言うと、二人は体調不良で一人は忌引、一人は張り切って登校中に交通事故。
だから突然休んでしまったのは四人だけなんだけどここで問題なのは四人ともが女の子だって事。そして今年私たちのクラスの出し物は何の捻りもないメイド喫茶で、四人ともがメイドさんを担当予定だったのだ。

私は今年、うちのクラスの学園祭実行委員である。だから私が自らメイドさんになるのは無理がある、何かとタイムテーブルを気にしたり指示をしたり思ったよりも大変そうで。
そして残った女子は吹奏楽部や演劇部の出し物とか自分の部活の出し物で忙しそうな人ばかり、何とかかんとか集められたメイドさんは二人。


「学園祭のメイド喫茶でメイドが二人だけってちょっとヤバくね?」
「確かに」


元々たくさんのメイドさんを用意していたって言うのに全くもう!誰もやりたがらないから一生懸命集めた女の子だったのに!というか実行委員だって誰ひとりやろうとしなかったっつーのに!


「もういい私やるわ…」
「すみれを入れても三人か。映えないね」
「うるさいわい」


間もなく学園祭が始まってしまう。メイド喫茶の看板を立てたり机をセットしたりするために暇そうなバレー部とラグビー部を捕まえていたので男手はあるんだが、肝心のメイドさんが居ないという。


「あと衣装は三着も残ってる」
「いっそ男子に着せるか」
「無理でしょ運動部の男とか!ラグビー部見てよムッキムキよ?はち切れるよ」
「あー…うーん」


嫌々ながらもメイドをやろうと申し出てくれた友達がクラス内を見渡しても、数々のトレーニングを積んできた歴戦の猛者たちばかり。つまりメイド服なんか絶対に似合わないしサイズが合わない野郎どもばかりだ。


「おーいポスター貼り終えたぞー」


そこへ戻ってきたのはとっても小柄な男の子、夜久くんだ。小柄といっても私よりは大きいが女子バレー部の子よりは低かったりする、あまり身長の話はしないほうが良さそうな人だ。

しかし、今このクラスの中でラグビー部の面々・我関せずな黒尾くん(メイド服なんか入らないだろうし論外)などを見渡して最後に夜久くんを視界に入れると、なんだか似合いそうな気がしてきた。


「……や…夜久…くん」
「何?」
「あの、無理を承知で…恥を承知で頼むんだけど」
「え、絶対嫌だ」
「まだ言ってない!」


夜久くんも朝からこの教室で用意していたので事のあらましは知っている。どうやら「自分が頼まれる」という最悪のパターンは想定していたらしい。


「女子が足りねんだろ?悪いけど俺はそういうの…黒尾はその顔をヤメロ」
「いいじゃん夜久、俺ら部活ばっかで準備は何も手伝えなかったし」
「お前他人事だと思ってんだろ」
「まさかぁ」


黒尾くんの顔には「他人の不幸は何とやら」と書いてあったので夜久くんにもそれは伝わっていただろう。当然だが夜久くんは断固拒否のようなのでやはり諦めるか、と肩を落とした。
しかし黒尾くんだけはまだ諦めていないようで夜久くんへの説得を続ける。


「実際クラス皆で白石サンに実行委員押し付けたよーなもんだし」
「……いや、そこまでは思ってないよ私」
「まあまあ」


黒尾くんが私の言葉を止めた後、夜久くんへと目をやった。すると驚いたことに、夜久くんの心が少し揺らいでいるのを感じ取ることが出来たのだ。まさか黒尾くん、夜久くんの人の良さを知っていての台詞回しだったのか。


「…夜久くんがもしOKなら嬉しんだけど」


つられて私も最後のお願いをした。夜久くんは私と、黒尾くんと、その他のクラスみんなの顔を一周見渡してから大きな溜息とともに返答した。


「………黒尾が絶対にカメラのシャッターを押さないって誓うなら、やるよ」





夜久くんは天使みたいな人だ!男の子ならとても屈辱であろうメイド服を着せられるという、侮辱にも近いことを受け入れてくれた。夜久くんとはあまり話したことはないけど、きれいで整った顔には似合わず男勝りなことは知っている。男だから当たり前だけど。

でも身長や顔の感じからしてきっとメイド服は似合うのだろう、いよいよそれを着用した夜久くんが即席で設置したカーテンの向こうから現れた。


「……これでいいの」
「夜久!おまっ!やべー木兎に送ろ」
「ぶっ殺すぞてめぇ!誰か黒尾を放り出せよ!」
「黒尾くんスマホ取り上げます」
「ちっ」


黒尾くんが異様な盛り上がりを見せたせいで他のみんなの反応がぼやけてしまったが、周りの人は男女問わず「やっぱり似合う」「ふつうに可愛い」と言っていた。私の友人もだ。

私も、ああ私が着るより似合ってるなあと思ったんだけど何か違和感を感じた。しかしその正体は分からないまま、学園祭はスタートした。


バレー部は今回、特に部活での出し物は行っていないらしい。だから夜久くんも黒尾くんも、準備期間は放課後部活で忙しかったようだが当日の今日はクラスの出し物に全面協力してくれた。
黒尾くんはウェイターっぽい姿が似合ってるし、夜久くんも同級生にからかわれつつも評判がいい。でもなんか違うんだよなぁ、なんだろう。


「夜久くんに頼んで正解だったねー」
「んー、うん。そだね」


メイド服姿の友人からの言葉に空返事を返す。私はそれどころではなく、今が何時で材料は足りているのかとか、片付けを始めるなら何時ごろだとか、色んなことに追われていた。

元々自分がメイドさんになる予定がなかったのでそれはもう忙しく、時間はあっという間に過ぎてしまった。


「あれ、もうこんな時間」


気付けば昼の3時になっていて、もう片付けをしなければならない時間だった。在り来りだけど夕方にはフォークダンスみたいな事があったり花火が上がる予定なので、それまでにここを片付けなければならない。


「夜久くんもういいよ、お客さん少ないし」
「…べつにいい。もうちょいだろ」
「え?いいの?」
「よくねーに決まってんだろ!けどいいよ。引き受けたんだから最後までやる」


夜久くんの論理はとても男らしかった。が、ここは素直に制服姿に戻ってくれても良かったのだが。黒尾くんはもう夜久くんのメイド姿に慣れてしまったらしく、そんな私たちの会話は聞いていないようだった。


それから主にラグビー部に片付けを手伝ってもらいながら終了時刻を迎え、なんとかかんとか「メイド喫茶」の名目は保たれた。私もご飯を食べる暇がなかったのでヘトヘトだ。着なれないメイド服も脱ぎ去って、全員分を集めて回った。


「たまにはいいねーこんな服着るのも!」


なんて言いながら友人は意外と楽しかったみたいだ。愛想笑いを返しつつ最後にシャツのボタンをとめている夜久くんのところへ衣装回収にきた。


「夜久くん」
「ん。あ、ハイこれ」
「ありがと…えーと…ごめんね」
「まあいいよ無事に終わったし、バレー部立ち入り禁止にしてくれたの白石だろ」


そうだ、黒尾くん以外のバレー部の人には見せないようにするため急遽バレー部お断りにしたのである。勢いで頼んだのは自分だけど、せめてもの罪滅ぼしというか。


「もう一生やりたくねーけどな」
「だよね…ご、ごめん」
「いーから!まあアレだろ、俺似合ってただろ?だからイイじゃん」


ああ脚がスースーしなくて良いわ、と言いながら夜久くんは鏡の前で制服姿の自分を懐かしそうに眺めていた。

上のシャツは腕まくりをして、誰かがどこかのクラスで貰ってきたらしいたこ焼きのうちわを使って暑そうに扇いでいる。その姿はどこからどう見ても立派な男の子であった。私の感じていた違和感はの正体はこれだ。


「…あの、に…似合ってなかったよ」
「へっ?」
「夜久くん、似合ってなかった」
「は?」


あれだけ頼む頼むと言っておいて「似合ってなかった」なんて失礼極まりないというか恩知らずにも程があるけど。
周りのみんなが「夜久似合ってる」「女の子みたい」「サイズぴったり」とか言っていたがやっぱり私から見るとそんなに似合っていなかった。


「だって夜久くん、手も脚も女の子よりずっと逞しいんだもん」
「そりゃそうだろ、」
「…だから本当は凄く嫌だったよね?」


最初はすっごく嫌がってたし。黒尾くんの口車に乗せられたのと、私が懇願したせいで高校生活最後の学園祭をメイド服で迎えるという事態になってしまった。ほかのクラスを回って楽しむ事ももちろん出来てない。
よく考えたらとんでもない事をやらせてしまったんじゃないかと今になって罪悪感に襲われた。


「…なんで白石がそんな顔すんの?」
「んー、いや、なんか…」
「実行委員だろ。シャキッとしろよ」
「うっ」


だって文化祭といえば学生生活の中で結構大事なビッグイベントだし、そんな日に夜久くんを変な格好で拘束していたなんて。


「…って、俺らも部活にかまけて何もしてなかったの悪いと思ってるし」
「いや…バレー部は成績いいから…」
「カンケーねえだろ」
「うう、はい」
「だからいいの。チャラな!はい!チャラ!」


夜久くんが私の背中を強めに叩いて気合を入れてくれたので、なるべく暗い顔はしないでおこうと思えた。高校生活の残りは5ヶ月くらいしか無い。せっかくチャラにしてくれたんだし、その5ヶ月はせめて夜久くんに迷惑かけないように過ごさなきゃな。


「…いや。やっぱチャラにすんのやめる」
「ぅえっ?」


突然の前言撤回にびっくりして、思い切り夜久くんの顔を凝視してしまった。しかし彼はいたって真顔で右手を差し出す。なんだこれは。握手?


「このあとのフォークダンス。俺と踊ってくれたら、チャラな」
「……う…え!?」


てっきり握手をするもんだと思い、出しかけていた右手を引っ込めようとするより先に夜久くんの手に捕まった。
…やっぱりこの手はメイド服が似合うような女々しいものではない。紛れもない男の子のそれだ。拳が硬い。力が強い。じんわり汗が滲んでる。…なんで私いま、夜久くんに手を握られてるんだ。

彼は私の顔が驚きと不信感で歪んでいるのを見ると「変な顔」と吹き出しながら、もう一度ばしんと背中を叩いた。

じっくりコトコト煮込んで救済

宮癒様より、文化祭でメイドさんのコスプレをする夜久さん・というリクエストでした。夜久さん推しの宮癒ちゃんに送るには夜久さんの良さを書ききれなかったというか。最後までメイド服着てるなんて非現実的だろとかツッコミどころは多々あれど。これからも沢山お話してください。。!ありがとうございました!