赤葦京治


今日は春高バレーの予選、第一回戦。相手の学校はあまり聞いたことがないところで、マネージャーさんたちの調査によると正直言って梟谷のほうが強いだろうとの事。
だからと言って全員手を抜くわけではないし、応援席では我が校の誇る応援団の大きな声が響き渡っていた。


「今日も気合い入ってんね、おたくの応援」


すでに試合を終えた音駒の面々(結果は快勝らしい)がやって来て、黒尾さんは二階席を見渡しながら言った。


「……そうですね。」
「オイオイお前より応援団のほうが元気なんじゃねーの?大丈夫?」
「はあ…まあ…ご心配なく」


あまり試合前に無駄口を叩きたくない派の俺は短い言葉で黒尾さんに応答すると、黒尾さんもどうやら察したようだった。というか俺が試合前に精神統一するのは毎度の事なんだから、要らない事をわざわざ言いに来ないで欲しいのだが。

俺の相手に飽きた黒尾さんは木兎さんその他三年生のところへ言ってちょっかいを出していた。それを横目に溜息をつき、俺は応援席をこっそり見上げる。そして、見渡す。目当ての女の子が居るかどうかを確認するためだ。


(居た)


その女の子は応援団の端のほうに座っていた。同じクラスの白石さんといって、まあ簡単に言うと俺の片想いの相手。ついでに大絶賛アプローチ中なのだが少々手を焼いており、とうとう付き合う前に春高予選を迎えてしまった。理想としては、実らせてから試合に臨みたかったんだけど。

でも俺が、俺にしては積極的に話しかけたりしているせいか白石さんも俺の事を意識しているのは間違いないと思う。
今だって俺が彼女を見つけてその姿を見ているのに気付き、顔を赤くして小さく手を振ってきたのだから。うん、そろそろ付き合えるな、これ。


「赤葦どこ見てんの?」


ちょうどいいところで木兎さんの声がして我に返った。この人はもういつでも試合開始できます、といった様子だ。試合前に白石さんの姿を目に焼き付けておきたかったのに邪魔しやがって。


「何ですか急に」
「ずーっと宙を見てるからさ、魂抜けちまったのかと思って」
「抜けるわけないでしょう」
「分かってるわい!可愛い冗談だろーが!」
「誰か見てたんだろ?どの子?」


木兎さんだけなら適当にあしらえるのに、まだ黒尾さんが居る。そして俺が見ていた人物を探そうとしている。音駒の試合は終わったんだから早く体育館から出てもらいたい。


「誰も見てないです」
「あ、あの子こっち見てるジャン。ゆるふわの子。俺の事見てんのかな?おーい」


ちくしょう黒尾さんがどうやら白石さんを発見してしまった。
彼の言う通り白石さんを形容するなら「ゆるふわ」で、俺はここ最近流行っているゆるふわ系女子がどストライクだ。まあ白石さんはゆるふわ系が流行る前からゆるふわだったから、ゆるふわの元祖みたいなもんだ。何回ゆるふわって言わせるんだよ。


「カワイ〜、梟谷やっぱレベル高ぇな」
「黒尾さんそろそろあっち行ってください集中したいんで」
「なあ、あの子俺の事見てね?」


かちんと自分の頭、身体、そして心も固まる音がした。白石さんには初対面の他校の男、それも肉食獣みたいな怪しいを凝視するような度胸は無い。


「違います。俺の事を見てるんです」
「え〜いや俺だろ…ちょっち紹介して」
「…やめてもらえます?」


どうして俺が惚れている女の子を黒尾さんに紹介しなければならないのか。年上で俺より背が高くて顔もいい黒尾さんを紹介されたら誰だって黒尾さんを選ぶに決まってる。
余計な事をされないうちにこれだけははっきり伝えておく事とする。


「俺が今から落とす子なんで」


今日一番の鋭い目で黒尾さんを睨んでやると、やっと彼は理解してくれたようだ。





「はあ、ひとまず一回戦突破」


試合前に黒尾さんの茶々入れがあったものの梟谷は勝利することが出来た。当たり前だ、全国五本指の男が初戦敗退するわけには行かない。


「赤葦今日めちゃくちゃキレてんな!」
「キレてないですよ」
「ぶっは!ウケる」
「わざとじゃないですしキレてませんから」
「顔もキレてるけど動きもキレてるしギャグもキレてんな」
「………」


ギャグなんか飛ばした覚えはない。キレてないのにキレてるって言われたらそうとしか答えられないだろ。
…と先輩に向かって言うわけにもいかず沈黙していると、通路の向こうのほうに見覚えのある姿を発見した。白石さんだ。


「あかーしの想い人じゃん」


木兎さんにしては配慮したらしく小声で耳打ちされた。頼むからそれ以上何も言わないでください、と木兎さんを見ると珍しく笑顔になるだけに留まっていた。木兎さんは時々こんなふうに突然大人びるから驚きである。


「…話してきてもいいですか」
「いいですよ?」
「どうも…」


まったく木兎さんに調子を崩されるなんてたまらない。俺を翻弄するのは試合中だけにして欲しいものだ。
木兎さん以外のチームメイトも無言ではあるが何か言いたげな顔をしていたので、無視して白石さんのところへ向かった。





俺が目の前まで近づくと、白石さんはそれまで俺の姿を見ていたのに視線を外した。可愛い人だなあ。


「来てくれたんだ、ありがとう」


まず俺は観戦のお礼を伝えた。
というのも今日の試合、半ば無理やり誘ったようなものだったから。「この日予定ある?」と聞き、「無いよ」という回答を得てから「試合があるから観にきて」と伝えたのである。


「…うん。予定なかったし」


そうだよな。そうだろう。暇だったから来たのだろう、分かってはいたが。


「どうだった?」
「……みんな凄かったね。強豪とは聞いてたけど実際みてみると凄い」
「みんなじゃなくて。俺、どうだった?」


しかし俺は付き合えるまでのもう一押しを早々に成し遂げたかった。だから少々強引だけどこのような聞き方をさせてもらう。
白石さんは俺がストレートに質問すると返答に困り眉をハの時に下げるのだ、それがたまらない。


「……それ、言わせるの」
「言ってくれなきゃ分からない男だよ俺は」


こうして意地悪できるのは学校の外だけだ。教室内でこんな顔をされたら俺の顔まで崩れるし、この可愛い表情を他のクラスメートに見られるなんて絶対に嫌だから。


「…かっこよかった」
「誰が?」
「あ、赤葦くんが」
「……ふーん…」


やばい、俺が言わせたくせにいざ言われると嬉しくて仕方が無い。


「何度も言うけど俺、白石さんが好き」
「……知ってます」
「何回目だろうね告白するの」
「ごめ…」
「あ、そういう意味じゃなくて」


あまりに気持ちをぶつけ過ぎているせいで申し訳なさを植え付けてしまったらしい。告白攻撃は止めないけど。


「どうしたら白石さんに振り向いて貰えるのかなって」


これも一種の告白で、こういう言い方をすれば白石さんはどんどん俺に傾くと予想がついているから言えるものだ。そうでなければ俺はただの変態だ。

なぜここまで自信満々なのかと言うと、最初の告白をしてから日を追うごとに目が合う回数は増えていく。
俺がメールを送らなかった日は、しびれを切らしたように白石さんからのメールが来る。タイミングが合わず朝の挨拶をしなかった日は、わざわざ俺の近くを通り「おはよう」と小声で言い去っていく。

そんなの繰り返されたら俺の気持ちが増す一方なんだけどな。


「…赤葦くんそんな事言えちゃう人なの?」
「どういう意味。普通に言うし」
「顔に似合わず饒舌で…」
「それは緊張してるからだよ」
「緊張?」
「好きだから緊張する」


緊張するから、それを隠すために喋っている。本当はこんなに喋らなくたって、短い言葉で気持ちをさらりと伝えるほうが魅力的に決まっているのに。俺にはそこまでの余裕が無い。
喋らなきゃ、伝えなきゃ、彼女の意識が他の男へ向く前に。


「……もういいから!充分伝わったからもういいってば」
「まだだよ。そろそろ返事くれなきゃさすがにメンタルやられるんだけど」
「へ、返事…」
「もうだいたい分かってるけどね」


こうして追い込むように言うのは白石さんに催眠術をかけるようなもの。

俺だって初めから確信していたわけじゃないし自信があったわけじゃない。今だって自信満々というわけではないが、俺が自信を持って気持ちを伝えることで白石さんはどんどん俺へと嵌って行く。
どん底まで、あと少し。


「つ、…次の試合観てから考える」
「分かった。待ってる」


次の試合は明日である。今夜は考え事をしすぎてなかなか眠れないかも知れない恐れがあるな。なるべく急ぎたいけれど、明日までならまだ待とう。ただし最後にこれは忘れてはならない。


「赤いジャージの人が居たら無視してね」
「………?うん」
「あと、好きだよ」
「は…え、なっ」
「じゃあまた」


去り際に、だらんと下げられた白石さんの手に少しだけ触れてやった。
あわよくば手を繋いでやろうかなと思っていたのだが驚いたことに彼女のほうから指を曲げてきたもので、俺はぱちりと瞬きをしてしまった。そして、ある考えが過ぎり手を繋がずに引っ込めた。


「あれ、」


すると白石さんが拍子抜けした声を出した。そしてすぐに、恥ずかしさを隠すように手で顔を覆う。違うの、こんな声が出るはずではなかったの、とでも言うかのように。


「またね」


するりと彼女の横をすり抜けると、小さな声で「また明日…」と聞こえた。

なんだ、赤いジャージの黒尾さんに警戒する必要なんか無いのかも知れない。そうと分かればやっぱり明日、試合が終わったら最後の告白をしてみよう。

最後から二番目の告白

かっぺ様より、黒尾と木兎に好きな人がバレて焦る赤葦・というリクエストでした。赤葦くん焦ってなくてごめんなさい土下座…黒尾木兎を絡ませるととっても楽しかったです。ありがとうございました!