川西太一
二年生に上がり、クラス替えが行われた。どのクラスになっても…たとえ賢二郎と同じクラスになったって俺のモチベーションは大して変わらない。なぜなら俺にとって学校はクラスの皆とワイワイ仲を深める場所ではないからだ。
嫌だなあ、きついなあと口では言いながらも自分がバレー部でそれなりの位置づけに居る事は非常に誇りである。
よって俺の意識はいつでも部活に向いているので、クラスに誰がいるとか担任が誰とかは特に関係ない。あまりに美人の担任なら別だけれども。
「俺ここだわ。じゃあな」
「うーす」
新しいクラスは賢二郎の隣だったので、廊下で挨拶を交わしそれぞれの教室に入る。一年で同じクラスだった奴もいれば、全然知らないやつも居た。当たり前だけど。
とりあえずは出席番号とか無視して好きなところに座っても良さそうだったので、皆がはしゃいでいる間にお気に入りの窓際を確保しようかと奥へ進む。
と、狙っていた窓際一番後ろに誰かが座っていた。さすがは人気の席。
「前失礼しまーす」
残念だなあと思いつつ、その一つ前の先を陣取る時に一応挨拶をした。
が、なんの言葉も返って来ない。あれ俺いきなり無視されてんの?ちらりと後ろの席を見ると、女の子がじっと俺の背中を見ていた。
「……よろしく。俺、川西」
念のためもう一度、きちんと名乗って挨拶してみた。彼女の顔を見て。
しかし驚いた事に返事がこなくて、ひたすらに俺のことを見ている。いや、見ているのではない…緊張してどこを見ればいいのか分からない様子だ。
「瞬きしないと目ぇ渇くよ」
あまりに目を見開いて硬直しているので声をかけると、やっと頭を動かしてかろうじて頷いているように見えた。こんなに緊張しいなのに、よくマンモス校への進学を決意したものだ。
新しい担任が入ってきて初めての点呼をした時、彼女の名前を知った。
白石さんというらしいが、先生が「白石すみれさん」と呼んでもなかなか返事がなく先生は教室内をキョロキョロしていた。やがて、恐らく俺の後ろで白石さんが手を挙げたらしく先生が「ああ、そこね」と納得して解決した。
これが次の授業から暫く続くんだろうかと思うと苦笑いしたのは、俺だけではないはず。
そんなわけでクラス内に特別仲のいい奴も居ない俺は、しばらくこの奇妙な女の子をクラスに馴染ませてやるため一肌脱ごうと考えた。席もいったんこのまま行くとの事だったので、窓際を確保出来てラッキーだ。
「白石さんは前、何組だったの?」
「………え?」
流石に俺が真後ろを向いて顔を凝視しながら質問しているんだから無視はできないだろう。
白石さんには逃げ場がなく、しばらく口ごもってから「三組」と言った。賢二郎と同じクラスだったらしい。
「三組か。シラブって奴いたじゃん?俺あいつと同じバレー部なんだ」
「……う、うん」
「白布どうだった、真面目にしてた?」
賢二郎が授業を真面目に受けていることくらい知っているし想像できるけど、とりあえず会話を広げるために賢二郎を使わせてもらう。
が、あまり上手くいかなかった。
「……よく覚えてない…」
賢二郎よ、おまえ影薄いのか。
◇
「失礼だな。俺は普通だ」
始業式の日は午前中だけで終わるので、午後に再び体育館でバレーの練習が始まった。
白石さんが賢二郎の事をよく覚えてないと言ったのが面白くて報告してやると、これ以上ないほどしかめっ面になった。
「そうなの?白石さんの中では影薄だったみたいよ賢二郎」
「……そりゃそうだろ。あんまり喋ったこと無いから」
「どんな子だった?白石さん」
俺が尋ねると、生真面目な賢二郎は記憶を辿り始めた。
彼にはマルチタスク機能が付いていないらしく、考え出すとストレッチの手が止まる。そして再び動き始めたと同時に話し始めた。
「大人しい子だった…としか覚えてない」
「そんだけ?」
「しつこいな」
「いやさ、あの子すんごい人見知りっつーか対人恐怖症つーか変な子でさ」
そこまで喋って、賢二郎が物珍しい顔をしているのに気付いた。俺も俺で、何か違和感を感じて口を止めた。
「……太一がね。ふーん」
「何ですか賢二郎くん」
「何でもねえっす」
「ハッキリして下さいよ賢二郎くん」
「わざわざ俺がハッキリさせなくても分かるヤツだろお前は。行くぞ」
さすが賢二郎は鋭い男。
俺ってこれまで、クラスのことを賢二郎に話したり家族に報告したりする事は無かった。俺にとって学校はクラスの皆とワイワイ仲を深める場所ではないからだ。
でもそれは、去年までの話になってしまった。
◇
白石さんはクラス全員の予想通り、教科ごとの新しい先生に点呼される度に返事をせずに黙って手を挙げた。
たまに俺にだけは「はい」と小さな声が聞こえていたが教壇には届いていないだろうな。
「白石さんて人見知り?」
見るからに人見知りの人に向かって「人見知り?」と聞くのもどうだろう。
ちょっと失敗したかもしれないが白石さんの表情の変化は伺えた。
「………そんな事ない」
「へ。」
まさかこのお嬢さん、自分を人見知りではないと思っているのか。ご冗談を。
「そっか。じゃあ仲良くしてね」
「………」
「………」
「………」
「ちなみに俺って意外と繊細だから、無視されるの凹むよ」
あまりにも間が空いたので冗談で言ってみたところ、白石さんが急にとても悲しそうな顔で言った。
「……ごめんなさい」
いや、俺、別に凹んでない。
どうしよう勘違いさせてしまったか。どのようにフォローしようか?
「あ、謝らなくていいけど…悪いちょっと距離詰めすぎ?ウザイ?」
慌ててこう言ってみるも、白石さんは俯いたままゆっくり首を横に振るのみだった。
◇
「…わからん。賢二郎助けて」
「うるせーな…」
そんな状態がずっと続いているので、昼休みに賢二郎の教室で作戦会議を開いた。会議と言っても俺が勝手に議題に挙げているだけだが。
「嫌われるのはゴメンなんだよ。でもあんなに切り崩せない子は初めてだわ」
「ゲームかよ。切り崩すとか」
「あ〜嫌われたくない、けど喋りたい心開いてほしい」
「うるさい」
何度も言うがマルチタスク機能が付いていない賢二郎は、昼食を食べる手が止まった。…分かりやすい。俺のために何かを考えているようだ。愛すべきチームメイトだ、こいつは。
「…押してダメなら引いてみるのは?」
「……有難いお言葉だけど、あの子に対して俺が引いたら距離開くばっかりじゃね?」
「うっぜ。じゃあ知らね。頑張って切り崩せよ」
機嫌を損ねた賢二郎は焼きそばパンを頬張り始めたので、もうこの会議はお開きとなってしまった。
◇
押してダメなら引いてみる。片想いで上手くいかなかった場合、ネットで調べたり誰かに相談すれば必ず一度は耳にする言葉だ。
普通ならそれも効果的なのだろうが、度を超えた人見知りの白石さん相手に引いてみたって意味が無さそう。そのまま自然消滅してしまいそうだから。
…消滅も何も、始まってもないんだけどさ。
だから今日も気にせず押してみます。
「白石さん、おはよー」
「…おはよ」
おや!挨拶が返ってきた。
毎日彼女に朝の挨拶を続けて二週間ほど、よく心を折らずに続けたものだと自分を褒めたい。いつも黙って頷くか「おはよう」と口パクされるくらいだったのに。
「………泣きそう。」
「!?…ど、どうしたの」
「白石さんが挨拶返してくれたの初めてだなーって思うと」
まあ泣きそうってのは大袈裟だけど本当に驚いたし、感激した。今や俺の目的は「この子をクラスに馴染ませてやろう」ではなく「俺に馴染め」に変わっている。
「良かった。絡みすぎて嫌われたかと思ったから安心しちゃった」
「……嫌ってないよ」
「はは。やさしーね」
「…………」
おっと、調子に乗ってまた少し攻めてしまった。この度合いを調節するのに今後も苦労しそうだなと反省しながら前を向くと、背後から呼ばれた。
「…か…川西くん」
「え」
名前を呼ばれたのだ。白石さんから。これは素晴らしい快挙である。
喜々とした顔を抑えてから振り返ると、白石さんは一瞬だけ俺と目を合わせてから視線を落とした。が、頑張って言葉を続けた。
「私、あの…緊張しぃだから…愛想ない奴だなって思われたかと…ちょっと、心配で」
聞き取りにくい。俺にしか聞こえないくらいの透き通って消えそうな声だった。しかしこの子、こんな長文を喋る事が出来たのか。
そんな事より着目すべきなのはその内容だ。
「…優しいのは川西くんのほうだよ」
白石さんにとって俺は優しい存在らしい。そして自分に愛想が無いからと、俺にどう思われているのか心配になっていたらしい。
そんな事を俺本人に言ってのけるなんて、この子本当に人見知りなのか?無意識なんだろうけど、狙っているとしたら頭が下がる。
「……白石さんて、意外とすごいコト言っちゃうんだね」
「え!?」
だから俺も仕返ししてみる事にした。
きょとんとした顔で俺を見つめる白石さんの手が机の上に無防備に置いてあるのを、上から覆ってみる。びっくりして手を引っ込めようとしたみたいだが、そうはいかない。
「…川西く……?」
「好きになっちゃった」
そして彼女の手を覆った手に力を込めてみると白石さんの身体は更に強ばったが、もう手を引っ込めようとしなかった。
この席、いいな。非常にいい。
振り向けばすぐに白石さんがいる窓際の後ろから二番目は、好きな子を落とすにはうってつけの席だった。
このテクニック、賢二郎にも教えてやるか。
押してダメでも押してみる
魁様より、人見知りの女の子と川西くん・というリクエストでした。川西くん最近ハマりつつあるのですごく楽しかったです。どんな女の子にも優しく接してくれる川西君に幸あれ…。ありがとうございました!