及川徹
他人から見れば有り余る魅力を持つ自分にも、とうとう全部投げ出して大切にしたい人が出来てしまった。
「全部投げ出して」ってのはまあ言葉のあやで、例えば「私とバレーどっちを取るの!」なんて言われたらバレーを取るんだけども。
そういう意味じゃなくて、なんて説明すればいいのか、自分の睡眠時間や勉強時間やその他もろもろに比べたら彼女を取るよっていう事だ。
「うるせえし、意味がわからん」
「……あれ聞こえてたの?」
「お前が勝手に持論展開してんだろが。嫌でも耳に入ってくるんだよここは俺の部屋だからな!俺の!家の!俺の部屋!」
ここは親友である岩ちゃんの家の二階、南西に位置する岩ちゃんの部屋。ここに足を踏み入れるのは何百回目、あるいは何千回目か分からない。俺の部屋と言っても過言ではない。
まあ部屋の持ち主が誰であるかはさておき、問題は俺の大切な彼女・白石すみれである。
「お前は今日ノロケに来たのか?あ?」
「……違います。ご相談にあがりました」
「おう。苦しゅうない、言え」
「似合わないね岩ちゃん」
「よし歯ァ食いしばれ」
「じょ、冗談冗談」
俺がなかなかこの幼馴染に素直に相談できないのは、その内容がとても情けない事だから。
彼氏である俺のフィルターを通さなくたってすみれは華のある女の子だ。
だから惚れたわけなんだが、俺が惚れるということは別の男も彼女に惚れる。女を見る目がない岩ちゃんは違ったらしいけど、例えそうであったとしても岩ちゃんなんて俺の敵じゃない。
「お前それ聞こえてるぞ無意識か」
「あら。」
「つまり今日、白石が別の男に呼び出されたのが気になって気になって仕方ないと?」
「…………んー、まあ。はい」
今日の夕方、つまり放課後だけど、月曜日で部活が休みだったからすみれと一緒にどこかへデート…とは行かずともゆっくり過ごしたかった。
だから彼女のクラスへ赴いて声をかけようとしたところ、先に別の男に声をかけられていて。で、そのまま二人でどこかに消えた直後に「ごめん、今日は先に帰っといて」とメッセージが来たのだ。
「あれって何?何なの?」
「知るかよ俺は現場に居なかったんだから」
「相談乗ってくれるって言ったジャン!」
「情報が少ねえよボゲ」
岩ちゃんからの強めの突きを肩に食らい、ちょっと頭が冷えた。
よくよく思い返してみよう。
すみれを呼び出したのは、名前は知らないけど彼女と同じクラスの男。あの緊張した表情を見るかぎり絶対に告白しに行ったに違いない。
すみれから「先に帰っといて」と来た後、俺はすぐに「分かった、でも会えそうなら連絡してね」と返信した。そこから既読はついたものの返事が無い。
「あいつに乗り換えてたらどうしよう?」
「あほか」
「襲われてたらどうしよう」
「電話してみろよ」
「そんな事して嫌われたらどーすんの責任とってくれんの!」
「心配して電話くれた彼氏に幻滅するような女はこっちから願い下げだろ」
「………」
名言か。
確かに岩ちゃんの言うとおりかも知れない、俺は電話帳から「すみれちゃん」の項目を探して電話をかけた。
この「ちゃん」、消さないとなあ。もう付き合ってるんだから、ふふふ。
「気持ちわりいな」
「うっさい!…あ、すみれ?」
『はーいもしもし』
いきなりすみれが電話に出た。
ひとまず危ない目には遭っていないようだけど、他の男と消えた挙句に連絡のない彼女に若干の焦りとともに苛立ちが。
「今どこに居るの」
『帰り道だよ』
「……なんで返事くれないのさ?」
『ごめんごめん、今しようと…』
すみれが「ごめんごめん」と言ったのと同時に岩ちゃんから肘で小突かれた。
隣の岩ちゃんを見ると彼はゆっくり首を横に振ったので、「冷静になれよ」という合図なのだと分かった。
「…ゴメン。実は、男に呼び出されてたの見えたからどうしたのかなって」
『………あー』
「告白?」
『………うん。』
「断った?」
『当たり前じゃん』
「彼氏いるから無理ってちゃんと言った?」
岩ちゃんからもう一度、さっきよりも強めに突かれた。そして口パクで「く・そ・か・わ」と。
だって実際に会話してたら考えが回らなくなってしまうんだから仕方ないじゃん?俺は岩ちゃんのように心が広くないし、皆が羨むこの顔を持っていたって不安なもんは不安なのだ。
『それは言ってないけど』
「…な、何で言わないの?俺が居るんだからってハッキリ断ってくんなきゃ」
『あ、うん…徹より好きになれる人は居ないからって言っといた』
「…………」
『………?徹?おーい。あれ?』
電話の向こうですみれの声が遠くなった。恐らく電波が悪いのだと勘違いしてアンテナの本数を見ているか、スマホを振ったりしているのだろう。
岩ちゃんはいきなり無言になった俺を見て不審がっている。
そりゃあ無言にもなる。こんな台詞、キューピットの矢なんかではなくピストルで心臓を狙い撃たれたような衝撃だ。
『……徹ー?一回切るよー』
「待って」
『あっ?あ、聞こえた』
「さっきのもう一回言って、スピーカーにして岩ちゃんに聞かせる」
『さっきのって?て言うか岩泉と居るの?』
そう。俺がすみれと居ない時はたいてい岩ちゃんと居るんだよ悲しい事に。
「お願いもう一回、徹より好きになれる人は居ないからって言って」
『………やだ。切る』
「え」
ブツっ、と音がして電話が切れた。
つー、つー、と無慈悲な音が耳元で鳴り響く。なんで切られたんだろう。
「岩ちゃんの名前出したら切られた」
「俺のせいかよ」
原因は分からないが突然電話を切られてしまったので、なにか怒らせたかなと別の不安がやってくる。他人からの告白を、模範解答のそのまた上を行く断り文句で断ってくれてとても嬉しかったのに。
なにかメッセージでも送るか、とりあえず謝ってみるかと文字を打ち込もうとするとすみれからのメッセージが来た。
『馬鹿』
「…馬鹿って言われた」
「よく分かってんじゃん」
「どういう意味!」
なにか怒らせたならごめん謝るよ、と自分でも驚くべきスピードで文字をタップしていく。と!またまた先にすみれからのメッセージが。
『いくら岩泉でも私たち二人の事言わないで』
「…だ、そうです」
「お前それ俺にも見せてんのバレたらマジで振られるんじゃねえか」
「そうだった!チョット!見ないでくれる?」
「ぶっ殺すぞ」
岩ちゃんに殺されるよりもすみれに振られることの方が恐ろしい。
俺は荷物を引っ掴んで立ち上がると、「帰る!」と岩ちゃんに告げ歩き慣れた岩泉家の階段を降りた。
そして玄関で出くわした岩ちゃんのお母さんに「お邪魔しました」と頭を下げて、一目散に駅方向へとダッシュしたのだった。
「…出ろ、出ろ、出てよ…」
念じながらすみれへの電話を発信する。俺がまだ岩ちゃんと一緒に居ると思っているのか、なかなか応答しない。
一旦切ろうかとした時、やっと画面が通話中に切り替わった。
「もしもし!」
『岩泉と居るなら切る』
「いない!一人だよ、ごめん」
『………』
すみれは本当に俺が一人でいるのかを探っているのか、耳をすませているようだった。
やがて小さく息をつくのが聞こえたので、どうやら嘘ではないと伝わったらしい。
『…さっきの電話、嬉しかったのに』
「さっきのって…」
『告白、断ったかっていう電話』
すみれが喉を鳴らしながら言ったので、少なからず恥じらっているのだと分かった。
あの顔であの姿で俺に対して恥じらっているなんて、俺は幸せ者だ。
俺が岩ちゃんに相談しまくっているのが気に食わないのだと分かったので、改めて「ごめんね」と謝罪した。
『次同じことしたら嫌いになるからね』
「それは困る!」
『………多分、一生ならないけど』
「えっ!?」
『…なに』
何って、だって、今日はすみれの台詞に胸を撃ち抜かれてばかりだ。特に今のは間近でショットガンを撃たれたような…撃たれた事ないけど。
この衝撃を覚えておかなくては。どうやって覚えておけばいい?
「ちょっと今のもう一回言って」
『は?スピーカー?やっぱり岩泉!?』
「まさか!録音!」
『切る』
「え」
俺からのお願いでは、甘い言葉を使ってはくれないらしい。
またもや電話を切られてしまい、かけ直すかどうか悩んでいるとメッセージが届いた。
『直接言うから家まで会いに来て』
「………」
大きな男がスマホを眺め、肩を揺らして笑っているところなんか気持ち悪くて仕方がないだろう。けど、抑えられなかった。
「………ふふ」
他人から見れば有り余る魅力を持つ自分にも、とうとう全部投げ出して大切にしたい人が出来てしまった。
白石すみれは華のある外見に加え一般常識を身につけた素晴らしい女の子。そして時折俺に向けて、どんな防弾チョッキも弾き飛ばすショットガンをぶち込んでくる危険な女だ。
『すぐ行くよ』と送信し、決死の覚悟ですみれの家に向かう電車に飛び乗った。
彼女はスナイパー
かんな様より、及川さんに嫉妬される・というリクエストでした。及川さん女々しすぎないかな大丈夫?(笑) スナイパーってショットガンとか使わないけどそのへんは無視で、、及川さんが大好きなかんなちゃんへ。ありがとうございました!