五色工
中学校の時に好きだった男の子と「なんちゃって恋人同士」になったはいいものの長くは続かなかった。相手も私も子供だったし、そもそも相手の子が私を好きだったのかもよく分からなくて。
それが高校になり、いま付き合っている相手ときたらもう大変。何が大変かってその溢れんばかりの愛情表現が。
「すみれ!!お待たせっ」
がらがらっと大きな音を立てて教室の戸を開けたのは、私の彼氏である五色工。同じクラスの男の子でバレー部に所属しており、今はレギュラーだかエースの座を奪い取ろうと奮闘している真っ最中だ。
すでに日が沈みかけているこの時間まで練習していたのに、とても元気が良さそう。
「大丈夫だよ。宿題してた」
「一人?」
「1時間くらい前までユリコも居たよ」
「1時間も一人!?」
マジでごめん!と手を合わせるのもいつもの事だ。いくら謝られたって、バレーの練習のせいで遅くなっているんだから仕方が無いし工には非は無いのに。
けれどいつもこうやって、「待たせてごめん」と謝ってくれては私の手を取って微笑むのだった。そのあたたかい笑顔に私も笑顔を返せたらいいのだけど。
「……帰ろ」
こういう可愛げのないことしか言えなくて、恥ずかしくなって目を伏せる。
工は「うん」と言って自分の鞄と、私が机の横にかけていた鞄とを持った。自分で持つよと言うのに、分かれ道のところまでは必ず持っていてくれるのだ。
「お腹空いた。コンビニ寄っていい?」
「うん。いいよ寄ろう」
表情や声は明るいが、数時間ぶっ通しで身体を動かした工は腹ぺこのようだ。
おにぎり二つを手に取って、そのままお菓子のコーナーへと歩いた。
「どれにする?」
「え、私?」
「お腹空いてるだろ」
「……いや…」
嘘。すいてる。
教室の机に座っていたとはいえ、授業が終わってから工の部活が終わる今まで待ってたんだから。
どうするか決めかねていると、工は私がよく食べているチョコレート見つけて手に取りそのままレジまで行ってしまった。
「はい」
そして、コンビニから出るとそれを私に差し出してきた。
「…ゴメン。」
「ありがとって言ってよ」
「…ありがと…」
「どういたしまして!」
工が満面の笑みを浮かべるので直視できず、チョコレートを受け取るためにわざと視線を落とした。チョコレートよりも下に。
彼の少し焼けた大きな手から私の白い手にチョコレートが渡る。指太い、関節太い、爪大きい。この指で毎晩スマホに私へのメッセージを打ち込んているのかと思うと胸が熱くなる。
「いただきまーす」
「いただきます」
コンビニの近くにある公園のベンチに座ると、工はおにぎりを、私はチョコレートを食べ始めた。
べりべり、と箱を開けると私の好きなチョコレートが12粒。ひとつ手に取り口に含むと、途端に甘さが広がった。
「おいし?」
おにぎりを頬張りながら工が聞く。
私はうん、と頷いてチョコレートの箱を戻した。…あんまり大食いだと思われたくないし、食べる姿を見られるのも恥ずかしいから。
工はあっという間におにぎりをふたつとも食べ終えて、鞄の中から大きな水筒を取り出し水かお茶を飲んだ。ぐびぐびと音がする度に工の喉仏が揺れる。たくましいなあ、この野郎。
…ってせっかく見とれていたのに、彼の口元にお米がついてる。
「つとむ、ここ」
「んっ?」
「ついてる」
私から見て工の口の右端についている。
私は自分の口の右端を指さして教えてあげたが、なかなか彼はそれを探し当てられずに口の左端を指でなぞっていた。
「こっちだよ」
仕方が無いので私が自ら工の口元へ指を当て、お米を取ってあげた。
「うわ…恥ずかし」
すると工が赤くなったので、こっちのほうが恥ずかしくなった。
先ほど彼の喉仏が揺れていた時には男らしさしか感じなかったのに、たった今は可愛らしさしか無い。「可愛い」「かっこいい」なんて、照れくさくて死んでも言えないけど。
「もう付いてない?」
「うん」
「ふー…」
工はまだ恥ずかしさが残っているみたいで、わざとらしく動いてみたりきょろきょろしてみたり。
そういう挙動のひとつひとつが私の胸を高鳴らせるわけだが、こんな真っ直ぐ純粋な彼に対して私はあまり素直になれない。
かっこいい、好き、嬉しい、とか言うのが何だか恥ずかしくって。
「すみれ、それ食べないの?」
「え、あ」
私が手に持ったチョコレートの箱を指さしながら工が言った。
せっかく買ってくれたものの、一粒食べただけで仕舞ったのを不思議に思っているらしい。
「お腹空いてるよね」
「…いや…?つとむのほうが…」
「俺も空いてたけど。すみれだってずっと待っててくれたじゃん」
「………」
「しかも毎日」
私は工の部活が終わるのを毎日毎日月曜日から金曜日までずっと待っている。教室で友達と話したり、宿題をしたり、時にはうたた寝をしながら。
私と工がふたりきりで過ごせる時間なんて限られていて、帰宅時のこの一時しか無いのだ。
「べつに待ってるのは暇だからで…」
「俺の事好きだからだろ」
「はっ?」
公園内に私の声が響いた。
「……違う?」
ベンチに隣同士で座る私の膝に、工の大きな手が置かれる。顔が近づいてくる。
さっきまで無邪気におにぎりを食べていたその顔は紛れもない男の子の顔になっていた。
「ちが…わ…な」
その台詞を最後まで言い終えることはできなかった。
ぎこちない工の唇の動きに、更にぎこちない私の唇も応えようとするので言葉を交わす余裕はない。
膝に置かれた工の手に力が入る。私がそれに自分の手を乗せると、工が嬉しそうに笑みをもらした。
「……好き」
これは女である私が言うべき台詞なんだろうけど、工の口から発せられた言葉だ。私もそれに応えたいんだけどとにかく恥ずかしくて言えない、顔が赤くなるだけで。
「好きだよ、すみれ」
「うん…」
「いつも待っててくれるところも」
「……うん」
「そういうところも」
そういうところって何だろう、と顔を上げて工を見たけど、こんなシチュエーションで私が顔を彼に向ければ当然キスされるに決まっているのだった。「好きで好きでたまらない」とでも言いたげに、何度も何度も。
「チョコの味がする」
工が言った。さっき彼からもらって食べたチョコレートの味が伝わったらしい。
私の手からチョコレートの箱をとり、中から一粒取り出すと工はそのままかりっとチョコレートを食べた。
「あまー」
「……うん」
「もう食べないの?」
「わ、私はもういい。帰ってからで、」
帰ってからでいいよって、言ってんのに。
工はどうしても私に今、もう一度チョコレートを食べさせたいらしい。
「………おいしい?」
唇が離れると、工の微笑む顔が間近にあった。おいしいし、好きだし、かっこいいし。どの感想から述べるべきなのか。
「……好き」
迷った結果一番に出た言葉はこれだった。工は「おいしいかって聞いてるのに」と笑ったけど、すぐに「俺も」と違う笑顔を見せた。
「たまに言われるとやっぱ嬉しいな」
「…毎日言われたい?」
毎日、思うがままに感じるままに好き好き大好きと言われる方がやっぱり嬉しいかな。素直な女の子の方が可愛いよね。口数の少ない私より。でも、工は肯定しなかった。
「んー、べつにかな…」
「……そっか」
「だってすみれが俺の事好きだなんて、痛いほど伝わってくるし」
そう言いながらチョコレートをさらに一粒取り出して、私の口元へ持ってきた。私の目を見つめたまま。私も工の目に視線を奪われたまま口を開け、チョコレートを食べた。
「ちょうだい」
「……ん」
その甘さを探るように、ちゅるりと工の舌が入ってくる。
甘くておいしいチョコレートの味は次第に溶けて無くなっていくのに、彼の舌はこれ以上何を求めて動いてるんだろう。…分かってるんだけど。分からないふりをする。
口が離れて寂しくなったら、また一緒にチョコレートを溶かし合えばいいんだし。
ぜんぶ甘く満たして
あすやん様より、ツンデレ彼女にべた惚れ・というリクエストでした。ところがどっこい、彼女のほうが工にべた惚れではありませんか。いつもいつも素敵な工と木兎さんを提供しくれるあすぴょんへ♪ありがとうございました!