赤葦京治


人間は朝起きてから寝るまでに一体何回、自分の顔を鏡で見るのだろう。「人それぞれ」と言われればそれまでだけど、私は少なくとも平均値を上回る回数見ていると思う。


今朝は特に念入りに鏡を見て、先生に注意されない程度のお化粧をした。
今日は梟谷学園の来年度の募集要項パンフレットに載る制服写真を撮影する日だから。


男女それぞれ2名ずつが選ばれてパンフレットに載るわけだが、もちろん清潔感があり見た目の整っている生徒が選ばれる。そして選ばれたのが私、ちなみに去年も私。


「…じゃあホームルーム終わり!赤葦と白石はこの後の撮影忘れないように」


帰りのホームルームの終わり際、担任の教師がリマインドしてくれたがこんなイベントを私が忘れるわけが無い。
同じクラスの赤葦京治とともに撮影の用意がされた教室に移動しなければならないんだけど、今年の撮影は特に気合が入る。

何故って、それは何故かって、この私が赤葦に惚れているからだ。


「早く終わるといいね」


なんて言いながら、私にはなんの興味も示そうとしない赤葦の態度にこれまで何度悔しい思いをしただろう。

自分で言うのも何だけど私はクラスで一番、いや学年の中でも一番の美しい姿を持つ生徒で間違いない。
運動はあまり上手くできないけれど、勉強だって並の並だけれど、この産まれ持った顔と身体だけは私の持つ一番の武器なのだ。


「緊張するなあ」
「白石さんも写真で緊張するんだね。撮られ慣れてそうなのに」
「…うん。」


彼の言う通り写真なんか昔から撮られまくっているし、自撮りだってするしその後の加工もお手のもの。
でも緊張するのは何故かといえば、やはりこの男が原因。


「赤葦と一緒に撮るなんて緊張する」
「……ふーん」
「どうでも良さそうな反応ありがとう」
「どうでも良くないよ」


前を向いたまま言うその姿は、どこから見てもどうでも良さそうだった。

私は私なりにこれまで、赤葦にアピールしてきたつもりだ。今の「赤葦と一緒に撮るなんて緊張する」という言葉だって、誰がどう聞いても好意を持っているのは丸分かりなのに。


「赤葦って私に興味ないでしょ」
「そんな事ないけど」
「…本当に?じゃあ私の顔どう思う?」


どうだ見てみろ私の顔を、今朝あんたの横で写真に写るのだと気合を入れて作りあげたこの姿を!

赤葦の顔を見上げると、彼も私の顔を見下ろした。ベストな位置だ。
まあ意図しなくたって赤葦のほうが背が高いから、上目遣いになるのは仕方ない。狙ったわけじゃない。


「…どうって言われても普通」
「………ふ」
「あ、着いた。」


何とこのタイミングで、カメラや照明の機器が用意された教室に辿り着いてしまった。

せっかく楽しい撮影をしようと思っていたのにモデルである私のテンションはすでにがた落ち。赤葦ってば私のこの顔を見て「普通」って言うんだもん。





撮影はあっという間に終わってしまい、私のテンションも戻らないまま解散となった。

撮影に同席していた先生は「赤葦は写真映えするなあ」と言っていた。背も高いし、顔もきりっとしているし、落ち着きもある赤葦は教師陣からの評判がいい。

私も先生からお礼を言われ少し話をしていたけど、その最中に赤葦は部活へと出発してしまった。


ああもう悔しい悔しいな。どうすれば赤葦京治は私に興味を持つんだろうか?


私が話しかけるたびに薄い反応しか返してこないのに、その都度私の気持ちは高まっていく。赤葦にうまく転がされているみたいで腹が立つ。

今までの恋愛は、私が相手を転がす側だったのに!
…転がすというより、みんな私が頼めば聞いてくれた。あまりに何でもしようとするから怖くなって別れたこともある。そのくらい、本当に、自慢じゃないけど私は綺麗なのだ。





学校帰り、たまに立ち寄る図書館にふらりと入ってみた。

いつもここに来る時は、テスト期間中に勉強したりするのが目的なんだけど今日は違う。心理学の本を読んでみようかなと思って。
もちろん、恋愛においての男性の心理を研究するためだ。


「……全然参考にならない」


2時間くらい、あれも違うこれも違うといくつかの本を読み、恋愛エッセイなんかも読んでみたけど何ひとつ赤葦には当てはまらなかった。
こんなもん恋愛に全然役立たないじゃないか。

完璧な外見を持ち、心理学まで調べてみても男子高校生ひとり落とせないなんて世の中間違ってる。
図書館を出る前に鏡を覗いて、頭髪や顔に変なところが無いかを確認してから私は歩き始めた。


すっかり日が沈みかけていて、この放課後にあまり意味の無い過ごし方をしてしまった事を悔やんだ。

ため息をつきながらとぼとぼと歩いていると、突然曲がり角から小さな男の子が飛び出してきた。


「いたっ」


私は少しぐらついただけだが、その子は恐らく2歳くらいだろうか、派手に転んでしまったではないか。
慌ててしゃがみ込み手を差し伸べた。


「だ、大丈夫?」
「………」


男の子は呆然としていた。やがてその顔は歪み始めた。あ、やばい。


「……うっ、」


うわあああと大きな声を上げて、その子は泣き始めてしまったのだ。

私は小さな子が大の苦手で、あやすのも得意じゃない。親戚の集まりではそういう役割を避けてきた。その理由は「自分の顔をあまり歪ませたくないから」。


「ちょ、なっ、泣かない!泣かないよー、男の子は泣かないよー」


私が明るく声をかけても何も変わらなくて、次第に周りの人は「女子高生が男の子を泣かせてる?」みたいな目で見始めた。
見てないで助けてよ!こんな小さい子、どうやって接したらいいんだ。


「ほら、ね?い、いないいない…ばあ…」


泣き止まない。


「………。」


意を決した。この野郎、私にここまでさせる事をよーく覚えておけ!


「いない!いない!ばあ!ほら!泣かない!この顔!見てっ!いないいないばあぁぁぁ!!」


やけくそだった。
穴があるなら入りたい。

小さな子をあやしたことの無い私は力加減も分からなくて、思い切り変顔をしてみたりして男の子に向かって醜い顔を晒してみた。

……そしたら、泣き止んだ。


「あ、ここにいた!ごめんなさい〜」
「…………」


どこからともなく母親らしき人が来て、ぺこりとお辞儀をされて男の子を連れていった。

…来るならもっと早く来てもらいたかった。


「………はあ」


ひと仕事終えた私はもう一度大きなため息とともに立ち上がり、帰ろうと一歩踏み出した。

が、すぐに立ち止まった。
そしてUターンした。
そのままダッシュした。

何故なら目の前に赤葦京治が立ち尽くしていたからだ!


「ちょっと」
「来ないで来ないで来ないで帰って!」
「待ってってば」


私は全速力のつもりだったけれど赤葦に腕を掴まれて、あえなく立ち止まってしまった。


「白石さん」
「何!もう最悪なんだけどさっきの見てたの?マジで最悪もう嫌死にたい」
「うん。いい変顔だったよ」
「な……」


いい変顔だったよとか、何の褒め言葉でも無いむしろ屈辱だ。
よりによって惚れている相手に自分のバッドコンディションな顔を見られたなんて。


「……もうヤダ」
「どうして?」
「…あんなの見られるなんて、赤葦に…最悪」
「そうかな…」


赤葦はとぼけた様子で頭をかいて、やっと私の腕を離した。赤葦に掴まれていた腕が彼の体温と自分の急上昇した体温とで熱い。


「俺には少なくとも、いつもの白石さんよりは魅力的だったんだけど」
「………は?」
「すっごく良かった」


全然良さそうではない表情で赤葦が言った。顔の筋肉が働いてないのかこの人は。


「…赤葦って変人なの?」
「失礼な。どこが?」
「……私の顔なんか興味無さげだったのに」


赤葦はまたもや、ほんのわずかだけ視線を泳がせて言葉を探した。目の動きでしか彼の表情を読み取ることが出来ない、本当に読めない男だ。


「興味なかったけど、さっきのは良かった」
「……!!?」
「いないいないばあの時ね」
「なっ」


どうしてこんな面倒な相手に惚れてしまったんだろう。さっきまで無表情だった赤葦は、私が抗議すると初めてくしゃりと笑ってみせた。

役に立たない恋愛エッセイ

こっぺぱん様より、美少女(自覚あり)と赤葦くん・というリクエストでした。美少女だけど中身は普通の、皆に愛されそうなヒロインちゃんを目指してみました…!ありがとうございました!