白布賢二郎


同じクラスに一人の女の子がいる。

特徴的な目立った外見などではなく、制服も規定通りに着て頭髪の色も規定内。性格はうるさすぎず、大人しすぎず、いたって普通。成績だっていいほうだ。

ところがある時目にした彼女は友人から話しかけられると笑顔で応答し、別れ際にも笑顔で別れ、そこまでは普通なのに別れた後にふっと疲れた顔をした。

ああなんだか、なにかしら無理してるんだなと思った。

それが彼女のことを気になり始めたきっかけだ。高校生にもなれば友人との間に本音と建前の使い分けが存在するのは当たり前だし、俺だって笑顔で誰かと話した後にすぐ我に返る事がある。天童さんと話した直後とか。


でも彼女のその顔がちょっと、なんというか、俺にとっては魅力的に見えてしまった。
友人を見送った後にゆっくり振り返るとき、ちょうどいい風が吹いて彼女の細い髪がなびいたせいもあるかも知れない。





「どこ見てんの?」


太一と食堂で昼休みを過ごしているとき、白石さんが食堂内に入ってきた。
それを目で追っていると、正面に座る太一は俺の目線が動いている事に気づき同じ方向を向く。


「見んなよ」
「賢二郎がガン見してるから」
「だからって太一まで見なくていい」


俺が咎めると太一は「はいはい」と身体の向きを戻し、カレーライスの上に乗った巨大なエビフライを食べ始めた。

昼間っからよくこんな脂っこいものが食えるなと思いながら、俺はというともう一度白石すみれの姿を追いかける。
数人の友人とともにテーブルに座り、彼女たちはどこかで買ってきたパンやら何やらを広げたり食券を買ったりしていた。


「白石さん見てんの?」
「名前を出すな」
「去年同じクラスだったわ。賢二郎の好みだとは思わなかったな」
「…俺の好みなんか知らないだろ」
「知ってるよ?いま月9のヒロインやってるような子だろ」


確かに今、毎週月曜日のテレビドラマにヒロイン役として出演している女優はかわいい。そんな話を太一とした事がある。
天童さんがどこかから手に入れたグラビアだって見た事もある。


「現実に好きになるタイプはまた違うんだよ」
「え、好きなの?」
「……お前な…」
「いや気に入ってるだけかと思ってた。好きなんだ。へえ」
「おい」
「はいはいごめんごめん」


ごめんなんて全く思ってないくせに。

まあ、もう太一にも勘づかれてしまった通り俺は白石さんの事を「気になる子」程度ではなく、好きな子として認識している。

きっかけなんて些細なものだった。
あの時ほんの少し「無理してんのかな」と感じただけで、それ以降はそんな表情を見せることも無い。
偶然目にしたあの姿が焼きついて、俺の頭に張り付いている。その粘着力が強くなり、拡大し、恋心というのは発展していく。…のだろうと思う。


こういう気持ちはある程度温存させるべきなんだろうけど、同じクラスで毎日顔を合わせてしまうのに隠しておくのは困難だ。気付けば見ているんだから。


「私、何かついてる?」


とうとう白石さんは自分が見られている事に気づき、自分の顔身体のどこかがおかしいのかと俺に訪ねてきた。


「何もついてないよ」
「そう…?ならいいけど」
「うん」
「………」
「…どうかした?」


俺の机の横でまだ突っ立っている彼女は釈然としない様子だった。
そりゃそうだろう、何も無いなら四六時中凝視される理由なんか無いんだから。


「間違ってたらゴメンね…あの、なんか白布くんに最近見られてる気がして」
「うん。見てるよ」
「えっ!?」


相当驚いたようで、彼女の声で俺たちの周りだけ少しだけが静まり返った。そしてまたすぐにそれぞれの会話へと戻っていくが、俺と白石さんとの会話は途切れている。
困った顔がちょっと可愛くて、一言付け足してみる事にした。


「ずっと見てるけど」


そう伝えた後に白石さんの顔が真っ赤になったのを確認してから、俺は荷物をまとめて午後の部活に出発した。





翌日も、その翌日もその次も、白石さんが俺に話しかけてくる事は無かったけれど俺は彼女のことを眺めていた。

今日は髪がさらさらだな、今日は少し巻いているんだろうか、ああ宿題を忘れて慌てて仕上げているなあ。
白石さんの一挙一動が俺の心を躍らせた。


そして、少なからず彼女の意識が俺に向いている事も俺の気分を上げる要素のひとつだった。


目が合えばすぐに逸らし、「おはよう」と声をかけると「…おはよう」と小さな声で言った後すぐにどこかへ走り去っていく。

白石さんの中で俺という存在が何かしらの影響を与えているらしい。
良い意味でなのか悪い意味でなのかは分からないけど、今はどっちだっていい。





それから何日か経ち、ある日俺と白石さんは二人で職員室に向かっていた。
偶然先生が適当な出席番号を言い、教材を取りに来るように指定したのだ。そして当たったのがこの二人。


「不運だなって思ってる?」


あまりにも白石さんが何も喋らないもんだから心配になって聞いてみた。さすがに嫌われるのは御免だから。


「…いや…不運だとは」
「そっか」
「…でも白布くんが分かんない」
「俺が?」


職員室へ向かう渡り廊下に差し掛かった。
風の音や校舎の窓から漏れてくる笑い声、話し声でざわざわしている、その中から白石さんの声だけを認識するように聴覚を働かせる。


「私の事見てるのって…何で?」
「何でだと思う?」


渡り廊下を進み、職員室のある棟の入り口に入る。誰もいない。

すぐそこにある階段を上れば職員室だ。このまま真っすぐ一階を歩くと、使用頻度のない家庭科室と美術室。そのまた向こうの端に職員室へつながるもうひとつの階段。

俺は階段を上らずに、先行して真っすぐに歩いた。


「分かんないから聞いてるんだけどっ」


白石さんもそのまま俺の後ろをついてきて、強めの口調で言った。


「白石さんは異性をじっと見ちゃう事ないの?これまでにそんな経験ない?」
「……?そりゃあ…ある…」


この子も普通の女子高生だ。過去に誰かを好きになったり、いいなと感じた事くらいあるに違いない。そんな時はついついその相手を目で追ってしまった事だろう。

そして、その俺の予測は当たっていた。言葉に詰まった白石さんは過去の自分の恋愛経験を振り返り、今目の前にいる俺が自分に対してその感情を抱いている事に気づいたようだ。


「……うそだ」
「嘘じゃないよ。そういう事だから」


一階の端までたどり着いた。俺は階段を上り、何食わぬ顔で職員室へと向かう。
階段の下には職員室へ入るまでに平常心に戻るため胸に手を当てて、口をぱくぱくさせながら何か言おうとしている女の子。気分がいい。


「行くよ」


わざと通常のトーンで声をかけてみると、「分かってます!」と白石さんが階段を駆け上がり俺を追い越していった。
その姿を見て今度は俺が、職員室に入る前に顔のほころびを直す番となってしまった。

その法則に名前を付けるなら

ハナ様より、同級生の女の子にアタックする白布くん・というリクエストでした。「ずっと見てる」なんて一歩間違えると怪しすぎますが賢二郎だから許される…はず。アタックと言うよりアピール?ですかね?ありがとうございました!