国見英


青葉城西高校のバレーボール部は毎週月曜日は練習が無く、各々好きなことをして過ごしている。

「好きなこと」と言っても彼らがバレーに関することを何もしない訳はなく、体育館で自主練をしたりビデオを見たりロードワークに励んだりする人のほうが多い。

そんな中何もしないのがこの男、国見英という人物。


「ね、こんな事してていいの?」
「こんな事って何」


こんな事、つまり「彼の家の彼の部屋の中で背中を預けあったまま互いに携帯ゲームアプリ」をしている状態。

ゲームは楽しいんだけど確か次の試合まで数週間しか無いのではなかったか。しかも全国大会出場を目指している身で、彼はそのスターティングメンバーに選ばれている。
それがアプリの全国ランキング上位を争うところに名前を連ねているなんて、いいんだろうか。


「金田一は今日も走るって言ってたし」
「へー。」
「岩泉先輩?だっけ?この前会ったとき、月曜は筋トレしてるって言ってた」
「うわ。引く」
「ちょっと!先輩でしょ」
「先輩イコール全面的に尊敬ってわけじゃないから」


そう言いながらスマホを勢いよくタップした英はどうやらゲームクリアにならなかったらしく、大きくため息を吐いてスマホをベッドの上に投げた。


「こら、モノに当たらないよー」
「うるさいな…」


不機嫌そうに喉を鳴らしながら言ったかと思うと、突然背中に重圧がのしかかってきた。英が思いっきり伸びをして、そのまま背中合わせの私のほうへぐぐっと体重を預けてきたのだ。

いくら細身とはいえ身長は立派に180センチを超えているので、いたって標準的な身長体重の私にはなかなか強い圧迫感が襲い掛かる。


「ぐえ」
「汚い声出さないでくれる?」
「だ、誰のせい…重い」
「産まれてこのかた重いなんて言われた事無い」
「それは国見家内での話じゃん!」
「はあ…」


英はもう一度大きな、それはそれは大きなため息を吐くと体の重心を元に戻した。

国見英の体重から解放された私も呼吸を整えてスマホの画面を見ると、今のやり取りのおかげでゲームオーバーになってしまったではないか。
一気にやる気が失せて私もスマホをベッドの上に投げた。


「やめんの?」
「英のせいだし!」
「濡れ衣だね」
「英が体重かけてくるから集中途切れたんだも、んぐえっ」


再び英がわざとらしく伸びをして、背中に全体重がかかってきた。今度は私が「ぐえっ」と声を出した時に彼の笑い声が聞こえたので、確信犯だ。


「ちょっ今、笑ったでしょ」
「きったねー声だなと思って」
「ひどっ、て言うか重いから…」


抵抗むなしく思い切り倒れてきたが、私はそれを支えきることが出来ない。そのまま二人してじゅうたんの上に倒れ込んだ。
いくらじゅうたんとは言え、そのすぐ下には堅いフローリングの床があるのでちょっと痛い。


「いった!腰打った」
「………」
「ノーコメントですか」
「……眠い」


私の痛みにはなんの興味もないらしく、英は三大欲求のうちのひとつ・睡眠欲に負けそうになっていた。

「三大欲求」と名前がついているのに英の場合は睡眠欲が7割ほどで、2割が食欲、ついでの1割が性欲。もしかしたら性欲の部分も睡眠欲が侵略を始めているかもしれない。


「そこで寝るの?ベッドに上がれば」
「めんどい。」
「ええ…嘘でしょ」
「…うるさい……寝るから黙って」


すでに彼は目を閉じており、気だるそうに手を振りながら「うるさい」と言われてしまった。うるさいってどういう事だ。まあ、静かだとは思わないけど。


いつもこんな感じなのでもう諦めているけど、最初はこれで喧嘩になったりもした。
私がせっかく月曜日を空けているのに、会ったと思えば寝る・無言・無表情のどれかが必ず付いてくる。


「私といて楽しい?」と、重い質問をしたこともあるけど「嫌ではない」という曖昧回答しか返ってこなかった。
今ではこの回答はポジティブに捉えてOKなのだと分かるけど、あの時は「ハッキリしろ!」って怒ったっけなぁ。


「………」


ぼんやり懐古していたところ、英はもう夢の中のようだった。ちくしょう寝顔だけは安らかだ。

横向きに寝ているので前髪が顔にかかっている。もう少し寝顔を見てやろうかなと、ゆっくり指で前髪を上げると英が目を開けた。


「うわっびっくりした」
「触んなよ」
「ご、ゴメンナサイ」
「………」


するとまたすぐに目を閉じて、眠りに入ってしまった。
連日の練習で疲れているのは百も承知なので、このままゆっくり寝ておいてもらおう。


国見家のお母さんが一階に居るから挨拶して帰ろうかなと荷物をまとめていた時に、背後から声がした。


「何してんの?」


振り返ると、寝転んだままの彼がジトっとした目でこちらを見ていた。


「いや、帰ろうかなって」
「あっそう…何で」
「何でって、寝るの邪魔したら悪いかなーと」


そんなわけで、先ほどベッドに投げたスマホを回収して鞄の中に入れる。
さあ立ち上がってお暇しようとすると、片脚を英につかまれた。


「わっ」


バランスを崩して、またもやじゅうたん・オン・堅いフローリングにダイブしてしまった。今度は思い切り膝をついたので膝が痛い。


「いったい!何すんの」
「すみれが帰ろうとするから」
「だって私が居たらうるさいって…」
「帰れなんて言ってないんだけど」
「………」
「………」


しばらく見つめあっていた時の私の顔と言ったら、すごく間抜けだったと思う。だって数秒後に、英が私の顔を見て鼻で笑ったから。


「…ぶっさ」
「ひどっ!やっぱり帰る」
「無理。俺が起きるまで居て」
「…いつ起きるの?」
「夕飯できたら」
「………」
「ふあー……寝よ」


と、立ち上がると今度こそベッドに上がって寝転んだ。

国見家のお母さんが夕食を作り上げるまで恐らく1時間弱。それまで持って帰ってきた宿題でもしながら待つか、と寝転んだ彼を横目で見ると少しの違和感を覚えた。

その違和感は恐らく私にしか認識出来ない程度のもの。

英の寝ている横には少しだけ、スペースが空いてる。分かりやすく説明すると、つまり、彼はベッドの真ん中ではなく少しだけ左に寄って寝ているのだ。


「………あのー…?」


そのスペースってもしかして、そういう意味で空けていらっしゃるんですか?と言う気持ちを込めて顔色を伺うと、英は表情ひとつ変えずに言った。


「来ないの?」
「ふぇ」


変な声が出たついでに持っていた赤ペンを落っことしてしまい、それを拾おうとした拍子にプリントと筆箱がテーブルから落ち全てが散乱した。

私も英もばらばらに散らばった数枚のプリントと筆記用具を無言で見つめた。
その結果、恐らく同じ結論に至った。


「後にしたら?」
「………そうする」


部屋の床はちらかったまま二人でベッドに潜り込み、英は本当に疲れきっていたようだからすぐに目を閉じて眠り始めた。

造りものみたいに美しい顔だ。

さっきと同じように顔にかかった前髪を触ってみるとやはり少し目を開けたけど、今度は拒否される事はなかった。

眠りの国の王子様

紫苑様より、国見くんとひたすらイチャイチャ・というリクエストでした。国見英を愛してやまない紫苑さんのために書くには…荷が…重すぎた…笑。付き合ってても特に優しさが無さそうですが国見くんはきっと良い彼氏なんだろうなと思います。ありがとうございました!