赤葦京治
こんな日は誰も居ない一人暮らしの家ではなく、大好きな彼のマンションに泊まるに限る。
そう、こんなどうしようもなく落ち込んだ日には。
「………で!何でソコそーなってんの?って言うわけ!いかにも初見ですって顔して!お前の指示だっつーの!!」
金曜日の夜であるのをいい事に、帰りに大量のお酒を買って京治の家まで押しかけた私はすでにほろ酔い。
飲まなきゃなってられないのだ、理不尽なことで怒られた日には!
「なるほどね」
そして頭に血が登った私を変に刺激してはならないという事を過去の経験から学んでいる京治は、適当な相槌を打ちながら自身もお気に入りのお酒を飲んでいた。
彼はあまり感情的にならないので、付き合いたての頃は私の荒ぶる姿を見て若干驚いたらしいけど今ではスルーという技術を身に付けてくれた。
が、特に今日は虫の居所が悪いので私のお酒は進む進む。
「あれもこれも私がやったのにさ、課長が指示するからさぁ。それ全部無駄みたいに言うの酷くない?お前やれよ!やってみろよ!って思うわけ!」
「………すみれ」
「なに!」
帰宅早々愚痴り続けている私に呆れてきた彼がやっと口を開いた。
「口が悪くなってる」
そして、「ちょっと落ち着いて」と言うかのように私に水の入ったグラスを差し出した。黙ってそれを受け取る私。
本当はもっと、ぐいぐいお酒に溺れたい。会社であんな理不尽な扱いを受けた夜には。
「とりあえず飲んで」
「………ん。」
京治に促されて仕方なく何の味もしない水をごくりと飲む。あ、でも冷たくて美味しい。
「美味しい?」
「…おいしい」
「そう。よかった」
「………ゴメンナサイ。」
彼は冷たい水で私の頭が冷えるのを予測していたようで、私の謝罪を聞くとにこりと笑った。
空になったグラスに氷と水を足して、もう一杯私の前に追加で置くと同時に隣に腰を下ろす。
「皆そんなもんだよ。偉い人たちはすみれ以上に色んな事抱えてるから、自分が過去に出した指示なんか覚えてないんだろうね」
「……なんでそんなに大人なの?」
「大人じゃないよ。すみれだって本当は分かってるだろ」
京治くんが私の頭に手を置いた。
彼の手のひらが私の頭を包み込んでいる、たったこれだけの事が私という人間の憤りを全て落ち着かせてくれるのだから不思議だ。
そう、本当は分かっている。
あのクソみたいな課長、いや普段は優しくて尊敬できる課長は私の何倍もの仕事や責任を抱えている。
いつも私より早く来て、私より遅くに退社する姿を見れば容易に想像出来ることだ。
私に言った事がぱっと頭から消えているくらい、人間ならば起こりうる事なのだ。
「だからもう課長の事オマエとか呼んだら駄目だよ」
「……ごめんなさい。課長」
「そうそう、いい子」
「…課長さまさま」
「それは馬鹿っぽいからやめて」
「んん〜〜もう!」
馬鹿っぽいって何だよ!というのと、どうしてあなたはそんなに素敵なの!というのが溢れかえって隣の京治に抱きついた。
彼は拒まず受け止めてくれ、今度は頭に置いた手を私の髪の流れにそって撫でていく。
…あー、今の私、汗くさいし酒くさいのに。
いいのかな。
「……お風呂」
「後で」
「でも私、臭いし」
「大丈夫。いつも臭いよ」
「えっ!?」
「嘘だよ。大丈夫だから」
だからおいで、って言いながらも自分から手を伸ばしてくる京治は仕事終わりにお酒を飲んでいるくせに全然変なニオイがしない。むしろちょっと汗ばんでるにおいも私にとっては良い香りだ。
思わず京治の脇のあたりをすんすんにおうと顔をしかめた。
「ちょっと。」
「……いいにおい〜」
「嘘つけ」
「ほんとだよ」
「じゃあすみれのも」
「えっ!それは!ちょっと!!」
私の脇は結構やばい気がする!電車の中で汗をかいたし、あ、そんな事より昨日の夜眠くて毛の処理してないんだった。
「ちょ、ストップ!やっぱりお風呂」
「無理。今する」
「わ…私、脇…くさいし、毛、とか」
「大丈夫。いつもちょっと生えてるよ」
「えっ!?」
「…………」
「嘘だよって言って!!」
私が叫ぶと京治は爆笑し始めたので、嘘か本当かは分からなかった。
結局慣れた手つきでボタンを外され始めると私もそんな気分になり、もう脇の毛ぐらい見えたっていいや!となりふり構わず腕を伸ばして彼の首に回す。
ゆっくり近づいてくる京治の整いすぎた顔に見とれつつ、視界から消えるのは惜しいなと思いつつ目を閉じ触れる唇の動きに応じていると、ふと彼が顔を離して言った。
「…酒くっさ」
「ちょ!!」
「ごめん。お風呂はいろ」
「も!バカ!馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿」
「お詫びに一緒に入るから」
「…………」
「脇も剃ってあげるから」
「ちょっと!!」
やっぱり気になってたのかよ、と赤面した私を見て京治はひいひい言いながら爆笑した。
彼におぼれるTGIF!
のんこ様より、仕事に疲れた夢主を慰めて、甘やかしてくれる赤葦・というリクエストでした。あまり慰めてくれてないけど赤葦はきっとこんな感じかなと…(笑)一家に一人、赤葦京治が欲しい。むしろ働く女子に赤葦京治を配給すべきだ。ありがとうございました!