木兎光太郎


誰の周りにもうるさい奴って一人は居ると思う。周りにうるさい奴が居る人なら分かってくれるだろうが、そういう奴は声が大きいのは勿論のこと身振り手振りも無駄に激しく極めつけは表情がうるさい。表情で語りすぎるんだ。隠し事ができない。嘘をついてもすぐバレるんだ、だって表情で語っているんだから。


「…バレー部楽しそうだなあ」


ぶすっとしたトーンで呟いたのは白石すみれ。俺と同じ3年3組、ついでに俺の後ろの席。だからその声は当然目の前の俺に向けて発せられたのだろうと思い振り返った。


「楽しいぞ。いい加減マネージャーなれよ」
「入学した時からなりたかったよ?木葉も知ってるでしょ。でももう3年だもん…あーあ」
「木兎なんか無視しろって」
「んー…」


同学年の木兎はバレー部の主将だ。そして白石の幼馴染。この二人は一年の時に俺と同じクラスで、その異様な関係に当時の俺は困惑したものだった。


どのあたりが異様なのかと言うと、木兎が白石に対して非常に過保護で、彼女の行動を制限しまくっている事。
白石は幼馴染の木兎とともにバレー部に入りマネージャーをしたかったのに、それを木兎が頑として許さなかったのだ。


「噂をすれば頑固野郎が来た」
「ん?」
「よー!飯食いに来た!」


特大の弁当包をぶら下げて木兎が3組に入ってきた。俺と、幼馴染の白石がいるこのクラスで木兎は毎日昼休憩を過ごしている。
だから今日も、ここが他のクラスであることなんかお構い無しでずかずかと歩いてきた。


「…ほんとだ。噂をすれば」
「噂?何の」
「さてねぇ」
「光太郎の!」


俺がせっかく「さてねぇ」とはぐらかしたのに白石は何の悪気もなく木兎の話をしていた事を漏えいしやがった。
そうなれば木兎が気になって気になって騒ぐ事は目に見えてるんだけどな。


「俺の!?俺のどんな噂?」
「光太郎の事無視してマネージャーすればって木葉が言ってくれた」
「おい飛び火」
「木葉!変な事吹き込むな!前から言ってんだろすみれはマネージャー禁止だって」


木兎は風呂敷みたいな大きな包みを開き、蓋を開けると一気に口へ箸を運んだ。絵に描いたような「食べ盛りの高校生」そのものだ。
喋りながら食うもんだから滑舌はあまり良くない。


「私ももう3年だから、許可が降りてもやらないけど」
「何で木兎の許可が必要なんだ」
「そりゃお前、うちのバレー部ときたら馬鹿ばっかりだろ。そこにすみれなんか放り込んだら大変だろが」


馬鹿代表はお前だろ、なんて言ったら怒り出すから言わないけど。馬鹿な男の馬鹿な表現を俺が皆さんに解説しよう。


解説も何も一言で説明は終わるんだが、つまり木兎は白石の事が好きなのだ。しかも愛だの恋だのの自覚がない。
その木兎の顔にはこのように書いてある、「すみれを他の男に渡したくない!理由はよく分かんねえけど!」。


「いい加減に親みたいな事言うのやめてよね」


そして白石は木兎の気持ちに気づく気配がゼロだし、むしろ彼女のほうだって木兎が大好きなくせに自覚無し。

そうじゃなきゃ「マネージャーは禁止」だなんてアホくさい命令を二年間も守るわけがない。二人揃って大馬鹿野郎のワンツーフィニッシュ。


「そりゃ親の気持ちにもなるぞ。お前は小っちぇえ時からすぐ泣くし!すぐ転ぶしすぐ騙されるしすぐ怒る」
「光太郎にしか怒ってないし」
「とにかくマネージャーは駄目だ。部員皆の世話なんか!」


簡単に言うと他の男の世話なんか焼いて欲しくないんだろう。

俺はこの2年間ずっとふたりの会話を聞かされて、耐えてきた。

互いの内なる気持ちを互いにバラすのを。周りの奴が「木葉も三角関係?」と、俺をまるでふたりの恋路を邪魔する悪だと疑う視線にも。
どこかに俺の頑張りを認めてくれる奴は居ないのか?


「いいもーん別に。普通に試合見に行く方が良いかなって思える事を発見したから」
「なに?」


白石は丁度口の中にご飯を入れたところだったので、「ちょっと待って」と手のひらをこちらに見せて無言で噛み続けた。その間俺と木兎は彼女が何を言い出すのかと顔を見合わせる。
やっと口内のものを飲み込んだらしい白石が口を開いた。


「マネージャーは部員皆を見なきゃいけないけど。観客として見に行ったら、光太郎の事だけ見てても差し支えないじゃん」


これを思いついた私はなんて頭がいいのかしら?とでも言いたげに胸を張って白石が言った。


「………そっすね。」
「それだよ!それ。それでいい」
「だからもうマネージャーはいいや」
「………そっすか。」
「それでいい!」


満足した木兎は大量の弁当を元気に平らげ、昼休み中ずっと俺達の教室に滞在した。そんなの毎日の事だから良いんだけどさ、これじゃあ俺が邪魔者みたいだ。ふたりの中にそんな意識は無いんだろうけど。

少なくとも3年3組の、今この教室内に居る別の生徒はこう感じているに違いない…「木葉、空気読め」。俺が一番辛いのはそこだ。


「…俺ちょっとトイレ」
「お、俺も」
「あ、私もー」


教室中の願いを受けて俺が席を立とうとしたのに、木兎どころか白石まで連れションしようと立ち上がった。


「ついてくんなよ!」
「同じタイミングで尿意がわいたんだから仕方ねえだろー」
「私もー」
「お前ら…」


そろそろ分かっただろう3組の野郎ども、俺は決して邪魔者なんかじゃない事を。

全然尿意なんか無かった俺は仕方なく木兎と並んで便器に立ち、切ない気持ちで踏ん張った。

プルメリアは憎めない

みゃお様より、幼馴染が可愛すぎる木兎さん・というリクエストでした。可愛がってはいない…のか?予想と違っておりましたらすみません。。
プルメリアは「気品」「しとやか」などの他「日だまり」という花言葉があるので今回のイメージはそっち。ありがとうございました!