白布賢二郎


「おーねーがーい!ほんとにお願い!」


目の前で手を合わせ、屋外だと言うのに土下座しようと鞄を地べたに置いたのは私の友人。
同じ女子高生に公共の場で土下座なんかさせたくないので慌てて止めて、何とか断り文句を探す。


「あと一人でいいの!人足りないの!インフル流行っちゃって!すみれ暇でしょお願い」
「暇だけどさ…」


私が何の断り文句を探しているのか。彼女は私に何を頼んでいるのか?不思議に思う人も多いだろう。


彼女は私の友人で、公立高校の二年生。最近流行りのメイド喫茶でアルバイトをしているが、どうやらお店でインフルエンザが猛威を振るいメイドさんが足りないらしい。
そして私にメイドになれとお願いに来ている。しかも今から出勤のご様子。


「メイド服とか無理なんだけど…」
「大丈夫!似合う!」
「うち私立だからバイト禁止だし」
「ほっそい路地だから大丈夫!バレないよ」


ほっそい路地のメイド喫茶なんて怪しすぎるんだけど…もしも私が行かなかった場合、他に人がおらず男性の店長と二人きりになってしまうらしい。

詳しくお店の場所を聞いてみると、確かに細い路地に面している。
白鳥沢のバレーボール部がロードワークを行う道とは離れており、恋人である賢二郎にバレる心配もおそらく無い。と思う。

彼氏が部活に打ち込む放課後、仕方なくメイド服を着て一日限りの手伝いをすることにした。





「あれ、通行止め」


いつもの道を太一やほかの部員と並んで走っていると、何かの事故があったらしく通行止めになっていた。
ここからだと引き返すか、大きく回り道をしなければ学校に戻ることができない。


「面倒くさ…どうする?」
「あ!あっち、あそこ」


誰かが叫んで指さす先には、通ったことのない道があった。細い商店街みたいな。
引き返すよりも早く学校まで戻れそうな方向に向かって続いているので、話し合いの結果その道を走ってみることにした。

だってその時は、細い商店街の道端ですみれがメイド服なんか着て突っ立ってるとは1ミリも考えていなかったもんだから。





白鳥沢学園の寮はとても大きい。
実家が遠い生徒、部活に入っている生徒、また希望者も部屋さえ空いていてお金を払えば入寮できる。

男女それぞれの建物内には談話室が設けられているけれど男子が女子の寮へ入る事、またはその逆などもちろん禁止されている。
だから夜に男女が落ち合うには、寮から少し離れた体育館の手前にある花壇のところが手頃なのだ。


「………で?」


今日その花壇の場所を利用しているカップルは私と白布賢二郎。もちろん議題は夕刻あのような服装で道端でビラ配りをしていたという私の行動について。


「何あれ。勝手に何やってんの」
「ごめん…いや…あれはですね…理由が」
「理由も何も校則違反」
「………」


決まり事に厳しい賢二郎は、校則を破りアルバイトをしていた事にかなりの腹を立てている様子だった。怒りを通り越して呆れているかも。

一応理由を話したところ「その友達に電話して」などと言い出した。


「と、友達に!?」
「すみれが嫌がってんのに無理やりやらせたんだろ?」
「そういうわけじゃ」
「…マジむかつくんだけど…」
「………」


ど、どうしよう。彼の怒りの矛先が友達に向いてしまった。ものすごくおぞましいオーラを放っている。

私は、お店の従業員にインフルエンザが蔓延してしまい本当に仕方なく頼まれた事をもう一度説明した。軽率だったことも、もう一度謝り倒した。

必死に必死に訴えると、賢二郎はやがてため息をついてこう言った。


「……まあいいよ。終わった事は仕方ないけど…もう絶対駄目だからな」
「はい…」
「しかもメイドとか」
「う…お恥ずかしい」


私だってあんな格好、自分がするなんて思わなかったもん。
ひらひらのスカートにひらひらのヘッドドレスをつけて髪の毛だってツインテール、どう見たって似合っているとは言い難い。


「…あれ写メった?」
「へ?」
「写真ねえの?」
「………あるけど…?」


恥ずかしかったけど、着た時は少しテンションが上がって友達とツーショットを撮っていた。
もちろんどこにも載せずに、ただの記念写真のつもりだったから誰にも見せる予定は無かったけど。


「見せて」


それを賢二郎は見せろと言う。


「え!む、無理!」
「は?見せろよ」
「走ってる時に見たじゃんか」
「衝撃すぎて覚えてない」
「無理無理はずかし、はずっ」


賢二郎が私のスマホを奪おうと手を伸ばしてきたので思わず立ち上がり、腕を反対方向に伸ばしてスマホを逃がす。が、賢二郎のほうが背が高い上に力も強いので簡単に取り上げられてしまった。


「やめてってば!」
「むーりー」
「…嫌いになる」
「なれば?残念だけど」
「…ならない」
「知ってる」


涼しい顔で会話をしながら賢二郎が私のスマホのロック画面を外した。(ロックのパスワードは記念日の4桁を設定しているので、賢二郎にも分かるのだ)

そして、写真の一覧の一番最新の部分にあるそれをタップした。


「わ!わーーっ」
「うっさい」
「ちょ!拡大!拡大しないで!」


全身のツーショットを拡大し、上手いこと私だけが画面に写るようにしてツインテールプラスふりふりヘッドドレスの私の顔がドアップになった。恥ずかしくて死にたい。


「やめてよ反省してるから…」
「別にもう怒ってないし」
「じゃあ何で意地悪すんの!」
「ん?んー…」


そう言いながら賢二郎は何やらぽちぽち操作して、ホーム画面に戻してからスマホを私に返した。
ほっと胸をなで下ろしていると、賢二郎が今度は自分のスマホをポケットから取り出した。


「……賢二郎さん」
「何」
「まさか」


まさか。

慌てて自分のスマホで賢二郎とのメッセージ画面を開くと、何ということでしょう神様、先ほどの写真が賢二郎に送信されているではないですか。


「すみれは削除しとけよ。俺が持っとく」
「えぇ!?」
「今度何かあったらコレで脅す」
「脅迫罪…」
「ふん」


賢二郎はスマホを再びポケットにしまい込むと、寮に戻ろうと歩き出した。私もそれを追いかけるけど、写真の件がどうしても気になってしまう。


「けんじろ、お願い消してよ」
「やだね」
「何でよもー」
「ムカつくから」
「やっぱりまだ怒ってるじゃん!」
「当たり前だろ」


そう言ったかと思うと、賢二郎が足を止めて私の腕をぐいっと引っ張った。

バランスを崩したかと思われた私の身体は彼のもう片方の腕が支えてくれて、お陰で顔と顔がぶつかる事なく唇だけが触れ合った。

賢二郎の十八番、不意打ちのキスだ。


「あんなの俺の前以外は禁止だから」
「………う、うん」


そしてこれも賢二郎の十八番、ぶすっとした顔してきゅんとする一言を放つ!の術。
間近に見える彼のきれいな瞳に見とれながら頷くと、満足したらしい賢二郎がまた歩き出した。


「罰として自腹でメイド服買ってこい」
「えー!?」

あ、まだ怒ってるかもしれない。

彼氏の怒りの鎮めかた

にいな様より、友人の頼みで1日だけメイド喫茶のビラ配りをしているところに恋人の賢二郎が遭遇・というリクエストでした。これ、すんごい楽しくて…!結局白布くん、メイド服の彼女が可愛かったんだね…ってなハッピーエンドです。ありがとうございました!