月島蛍


烏野高校、校舎内の教室の一角。昼休みは自分の時間としてゆっくり過ごしたいのでいつものように音楽を聴きながら、今朝買った音楽雑誌にぼんやり目を通していた。

この新譜気になるな、これは聞いたことがある、こっちはこの前有線放送で流れてたっけ。
そんな事を考えながらページをめくろうとした時、視界の端で誰かが僕の机をとんとんつついているのが見えた。

顔を上げるとクラスメートの白石が立っていて、何かを喋っている。
何と言っているのかは分からない。何故なら僕はヘッドホンをつけたままだから。


「………何?」


少々面倒だったけど、一度目が合ったクラスメートを無視するのも気が引けるので仕方なくヘッドホンをずらした。


「それ、後で貸してくれない?」
「…どれ?」
「それ、その本」


彼女が指さすのはたった今僕が読んでいる雑誌だった。雑誌を貸すこと自体は特に構わないんだけど、白石にこんなお願いをされたのは初めてだ。


「いいけど。興味あんの?」
「あんまり無いけど気になって」
「…興味無い人に貸すの嫌なんだけど」
「でも!ちょっと気になるの!」
「つまり興味あるんじゃん」


こいつ何言ってるんだろ。
呆れ果てて再びヘッドホンを耳まで戻そうとしたら、白石が会話を続けた。


「蛍くんいつも音楽聞いてるね」
「………」


確かに僕はいつだって音楽を聞いている。同級生の発するとても子供じみたテレビ番組がどうとかいう話、きんきんうるさい恋の話、目糞鼻糞な成績の話。そういったものをシャットアウトするために。
しかし聞き捨てならないのはいきなり僕の下の名前を呼ばれた事だ。


「蛍くんはどんな音楽が好きなの?」
「…ちょっとストップ」
「ん」
「誰に許可もらって下の名前呼んでんの」


蛍くんだなんて、親戚にしか呼ばれない。家族は呼び捨て、パレー部の人たちは苗字で呼ぶし…山口と一部の他校の人だけはあだ名で呼ぶが。


「許可、いる?」
「って言うか馴れ馴れしいの無理」
「あり…馴れ馴れしかったかな…」
「金輪際やめて。」
「えー」


何と食い下がっている。女の子だから気を遣って(自分としては)ソフトに言ってみたのがいけなかったのか?強めに言って泣かれるのもウザイし面倒くさい、無視すれば良かった。


「…じゃあサヨウナラ」
「ま、待って」


そしてまた、僕がヘッドホンをはめようとすると白石はそれを引き止めた。


「何?」
「音楽、えーと…どんなの聞いてるの?」
「…別になんでも良くない?」
「……いやぁ、」
「急に何なの。きもいんだけど」


しどろもどろしている態度にイライラして思いっきり眉をしかめて言ってやると、白石は更にしどろもどろした。

一体何がしたいのか。

僕らの間には普段あまり会話がない。ただのクラスメートだから、一日に一度何かの用で言葉を交わすくらいだ。
だから突然やってきて「蛍くん」とか呼んできて、こんなプライベートな質問をしてくる事に少しの…いや、かなりの嫌悪感。


「それはあのー、蛍くんがいつも一人で音楽聞いてるから気になって」
「蛍くんってのやめて。」
「どんな曲が好きなのかなーって」


無視して僕の好みを聞いてくるので、いよいよ鬱陶しくなった僕は大きなため息とともにまくしあげた。


「そんなの白石に関係なくない?僕がこの曲好きって言ったら聴くの?好きになるの?好みなんてそれぞれだよ。しかも僕、自分の好きなものを他人と共有すんのとか無理だし」


一息でここまで言うと、白石は少しショックを受けた…という訳ではなかった。


「……聴くもん」
「は?」
「蛍くんの好きな曲とか好きなものとか気になるんだから仕方ないよ」
「……だからその、蛍くんっての…」
「好きな人の好きなものって気になるのが普通でしょ?」


好きな人?
ほんの一瞬だけ思考が停止した。

僕としたことが同級生との会話でショートするなんて情けない。いやいや、そうじゃなくて。


「……白石、」
「とにかく!読み終わったら教えてね!」


それだけ告げると、白石は小走りに友人達のもとへと戻って行った。


「………」


教室内は相変わらずがやがやしている。今日のお弁当は何だった、今夜の歌番組に誰が出る、週末遊園地に遊びに行こう、僕からすれば下らない全く興味の無い会話たちは右耳から入り左へ流れ、ただたださっきの白石の言葉の意味を考えていた。


考えるまでもない。
多分そのままの意味で、そういう事なのだ。


突然話しかけてきて下の名前を呼び、興味もない雑誌を「貸して」と言う。
「好きな人の好きなものは気になる」なるほどそうなんだろうな、僕には無い感情だけど。


「……めんどくさ」


面倒くさいな。他人と何かを共有するのは。今夜帰って彼女のために、好きな曲をリストアップしなければならないのは。

たった今のこんな下らない出来事でこういう思考に陥る僕自身も、非常に面倒くさい。

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りく様より、「蛍くん」呼びの夢主ちゃんと毒舌な月島くん・というリクエストでした。毒舌具合が足りていなかったらすみません!初めての月島くん楽しかったです。ありがとうございました!