五色工


同じクラスで同じ班になった五色工くんは一言で言うと、とても頼りない人だった。
学級員を決める時などにそわそわと身体を動かしていたので「やってみたいのかな」と思ったけれど手を挙げる事は無く、部活が忙しいか何かでそういうクラスのリーダー的役割をするのは難しいのだそうだ。

だけど誰かから注目されるのは好きなようで、体育の授業では持ち前の運動神経で活躍しているみたいだけどそれ以外の授業ではてんで駄目な人。「俺には当てないでください」というオーラを大きな身体にまとっているもんだから当たる当たる。その度に「ワカリマセン」と言ってはシュンとしている、頼りない感じの男の子。

そんな五色くんと残念なことに同じ班で世界史の調べ物をする事となり、6名の班を更に3組に分けた時に運悪くペアになってしまったのである。


「えーと、何調べるんだったっけ」


五色くんに何かを期待していたわけでは無いけど、まさか今から何をするのかも分からず図書室に向かっているらしい。
スポーツ推薦とかなんとか言ってたけどテストくらい受けているだろうし、本当にうちの入試に合格したのだろうか。


「十字軍の事調べるんだよ」
「ジュウジグン…」
「…授業起きてた?」
「起きてたよ!失礼な」


失礼のつもりで聞いたわけじゃないのだが。これ以上は意味が無いだろうと思い聞くのをやめて、ちょうどよく図書室へ到着した。
こんなにぼんやりした人が居たのでは聖地奪還もままならないだろう、彼が現代に産まれていて良かった。


「十字軍って聞いた事あるけど何の団体だっけ」


図書室の中でも奥のほう、色々な分厚い資料がある棚を眺めながら五色くんが言った。簡単な事は授業で習ったのに、そこから私が説明しなきゃならないのか。


「…まあ宗教的なあれだよ」
「あれって?うわ、すっげえー見てコレ鉄の鎧着てる」
「……。」


五色くんって「頼りない」というより小学生みたいな人だな。でかでかと載せられた昔の軍隊の絵を見て、俺も着てみたいなんて言いながらページをめくっている。そこ十字軍の場所じゃないんですけど。


「五色くん、そこじゃない。十字軍」
「どこに載ってんの?」
「知らないよ!索引調べてよ」
「ご、ごめん」


何かイライラしてきたな。これまで適当に開いたページを楽しんでいた五色くんはやっと十字軍のことが載っているページを開いてくれた。そして概要説明に目を通し、確認のためなのか読み上げた。


「…聖地エルサレムを奪還するために集った人たち。って書いてある」
「そう」
「やっぱり昔の人の考えは理解できないな」
「…はい?」


何を言い出すんですかと彼を見ると五色くんは眉を寄せて、とても小難しいことを考えています!という表情であった。


「俺は無宗教だし…なんか、場所がどうとか俺はどうでもいいと思うんだよね。あ、ゴメン白石さんは十字軍じゃないよね!?」
「う、うん…」
「よかった、俺よく無神経な事言っちゃうからさあ」


その安堵した表情は何なのでしょうか。もしかして私が十字軍の一員だったら今の言葉を聞いてショックを受けるだろうと思っての発言か。
深く考え過ぎなのか、考えが及ばな過ぎているのか分からない。

そんな五色くんは私の悩みとは関係ないことを考えているようで(たとえ私が十字軍であったとしても、彼の頭からはそんな事実すぐに消え去るだろう)、すでに自分の話したいことを話し始めていた。


「だからオリンピックって凄いと思わねえ?」
「は…はい?」
「スポーツの世界にはそういう政治的な事持ち込んだら駄目なんだよ」
「ああ…ふうん…」


やっぱり五色くんの話を聞く時は私も考え過ぎてはいけないみたいだな。聞き流しておこう。


「俺はそういう人になりたいんだよね、争いとかどうでもいいや!って思わせるような人」


しかしあまりにもビッグな発言をしているので少しおかしくなってきて、「そろそろ相手をしてやるか」なんて思ってきたり。


「ノーベル平和賞でも狙ってるの?」
「まさかぁ。オリンピック選手」
「お、おりんぴっくせんしゅ!?」


図書館内に私の声が響き渡る。近くで同じく調べ物をしているクラスメートに白い目で見られたので、小声でゴメンと謝った。五色くんは当然のように気付いてないのでそのまま話を続ける。


「そ!世界で一番!あ、先に日本で一番…その前に白鳥沢で一番にならなきゃだけど」


あー、でもなんか、ビッグになる人ってなりふり構わない印象がある。テレビとか見てても「昔は変人でした」「貧乏でした」「友達いませんでした」みたいに言う人が多いし。
五色くんはもしかして「頼りない」「子供っぽい」のではなく、ビッグになる前触れのがむしゃらな状態なのではないか。…いや、まさかねえ。


「それ運ぶ?貸して」
「あ、うん」


さっきまで騒いでいた彼はいつの間にか大人しくなって、私の持った数冊の本を指さした。そういうところは見えているのか。


「ちょっと重いよ」
「だぁーいじょうぶだよ」


馬鹿にすんなよ、と笑って五色くんがひょいとそれらを持ち上げた。あら、ちょっと頼もしいではないか。二重人格なんじゃないかと疑わしいほどに頼もしい。


「他に何か欲しい本ある?」
「大丈夫。ありがと」
「いやいや」


五色くんは相変わらず声を潜めることなく図書室の戸を開けた。そういえば私が持ってきたノートと教科書も全部彼の手の中にある。このまま教室まで運んでくれるようだ。


「重くない?」
「平気だって。つうか俺、身長とコレだけが取り柄!」


コレ、と言いながら両手いっぱいの本を少し上げたので、恐らく「力持ち」である事をアピールしたのだろう。
いや、本当はね、さっきまではそうだったんだよね。頼りないけど身長だけは高いんだなあって。それ以外は微妙だなあって。


「…さっきまでは、そう思ってたけど」
「んー?」


五色くんは前を歩きながらひとりで何かを喋っていたので、私の声は聞こえなかったらしい。


「……ナンデモナイデス」


わざとボソッと答えてみると、「ええ?気になる」とか言って笑ってる。なんだこれ、五色くんのことが少しだけ素敵に見えてきたんですけど。空気も英語も漢字も読めない駄目な人だと思ってたのにな。

しかし、資料を集めて教室に戻ってからも何かをひたすらしゃべり続ける五色くんに念のため、あくまで念のために聞いてみた。


「…レポート作って発表しなきゃいけないんだけど分かってる?」
「あー!そうだった」


うーん、やっぱり「頼りない」のカテゴリーで間違いないかもしれない。

虫食いドリーマー

ゆずゆ様より、同級生の五色くんとの夢・というリクエストでした。五色くんと木兎さんの話が似た傾向ばかりなんですが、「意外と素敵」と気付いて恋に落ちる手前みたいな話が好きなんですよね…!ありがとうございました!