木兎光太郎


なんとなく、なんとなぁぁく「うざいな」と感じてしまったので、伸ばしていた前髪を目の上あたりまで切ることにした。最近重めバングが流行ってるし、夏に向けてのイメージチェンジと言うことで。

しかしそれは失敗だったかもしれない。美容院に行くのをケチって親に切ってもらったところ、眉毛の上くらいまで切られてしまったのだ!


「なにそれ!かわいい」


翌日登校すると、当然ながら友達には笑われた。お母さんは「昔美容師の男と付き合ってたから〜」とか威張ってたけど自分は美容師免許なんか持ってないんだから、変な見栄をはらないで欲しい。

せっかく鼻のあたりまで伸ばしていたのを一気に眉上までバッサリ行かれてしまい、アイドルもびっくりの童顔になってしまった。


「いや〜誰かと思った」
「やめてよもう最悪だよ…」
「かわいいじゃん」
「可愛くないし!こけしみたいじゃん」
「いいじゃんこけし」


こけしって褒め言葉なのか?あーあ、今日は会う人会う人に同じような反応をされるのか。髪の毛は伸びるから良いんだけどお母さん恨むよ。ハーゲンダッツ買ってもらおう。

ひととおりクラスの人には前髪を突っ込まれたところで予鈴が鳴り、朝のホームルームまであと5分。そこでようやく教室に入ってくるのが朝練をしている運動部だ。
私の隣はバレー部の木兎光太郎という、梟谷学園で一番の騒がしい男が陣取っている。こいつもきっと大げさなリアクションをかましてくるんだろうな、と覚悟を決めた。


「おはよう」
「おー!おはよー」


椅子を引いて隣の席についた木兎に挨拶すると、木兎もいつも通り大きめの声で返してきた。…あれ?何も言ってこないな。完全スルーされるとそれはそれで悲しいのだが。


「………」


横目で隣の木兎を見ると、私の事なんか気にせずに「1限目何だっけな〜」と鞄の中身を机の上に積み上げている。そわそわしている自分が馬鹿らしくなって前髪の事は忘れようとすると、木兎に話しかけられた。


「なあなあ!1限目何だっけ!?」
「え。英語だよ」
「英語な!おっけー」


木兎は机に積んだ山の中から英語のノートの教科書を探し当て、それ以外を机の中に無造作に押し込み席を立った。後ろのロッカーに入れた辞書を取ってきたらしく、再び椅子を引いて腰を落ち着ける。と、突然私のほうを指さした。


「あ、そこ白石の席だからな!」
「え?」


木兎の指す私の机、椅子は確かに私のだ。だから私が座っているんだけど。ちょっとだけ眉をしかめてしまったが、何故か木兎も眉をしかめていた。


「もうすぐホームルームだろ。その席白石が座るから」
「??」
「自分の席戻れよ!…えーと、誰だっけ?お前の席どこ?」
「……」


…どうやら私を白石すみれだと認識できていないらしい。言葉も出ないほどに驚いてしまった私の代わりに、近くの友達が吹き出した。


「木兎めっちゃウケる」
「何がだよ!」
「これ、すみれだよ」
「へ?」


そう言われて木兎は私の顔をまじまじと見た。そんなに凝視されると恥ずかしいんですけど。前髪変になってるし。
数秒後、ずっと私を眺めていた木兎は自信なさげに言った。


「………白石か?」


なんじゃその聞き方、と呆れるのと同時に前髪そんなにオカシイですかと頭を抱えたくなる。


「ハイ。」
「嘘つけ!なんかいつもと違う」
「ま、前髪切ったから…」
「前髪?」


すると木兎はまた私のほうをまじまじと、主に目から上の部分をじっと見た。
そんなに見なくても前髪切ったことくらい分かれよと思ったけど、相手が木兎光太郎である以上細かいツッコミはしてはいけない・というのがクラスのルールだ。


「…ほんとだ。こけしかよ!」


そう、廊下まで響きそうな大声で「こけしかよ」などと言われたとしても。


「最悪最悪ほんと最悪にむかつく」
「何でだよ、つーかまじで別人だな」
「悪かったね!」
「悪いなんて言ってねえだろ」


いやいや前髪を切ったばかりの女の子に向かって「こけし」は悪口だろう。やっぱり美容院に行けば良かったという後悔に再び襲われる。

授業の用意で気を紛らわせようと私も英語の教科書を取り出していると、なんだかものすごく視線を感じた。
…さっきから一目たりとも逸らされていないような気がする。隣に座る木兎の目が。


「すげえ顔がよく見える」


感心したように木兎が言った。


「見ないでよ」
「いや、だってさあ今まで白石のほう見ても全然表情見えなかったもん。前髪ジャマで」
「長かったからね…」
「でも今すっげえ見える。横顔が」


だからってそんなに見なくても。男子が女子をガン見してくるなんてセクハラだからね。相手がいつもトボけた木兎だから許されるようなものの。


「お前けっこう可愛い顔してんのな!」
「………は?」


…いつもトボけた木兎だから良いようなものの。時折こうして意図のわからない発言をしてくるから困るのだ。


「からかうのは辞めてもらえませんかね」
「からかってねえよ!俺は今のほうが好き」
「……」
「絶対そっちのほうが良いと思うぞ」


同じクラスになった時から木兎の発言はストレート1本で、裏に変な意味があったり深い意味があったりする事なんか一度も無い。馬鹿正直な人種なのだろうと思ってはいた、思ってはいたが。そんな事まで馬鹿正直に口にする事の罪の重さを知らないんだろうか。…知らないんだろうな!


「………ありがと…」
「おう。こけしみたいで可愛いな!」


木兎が親指をたてて笑ったところで、担任の先生が教室に入ってきたので助かった。木兎が黒板のほうを向いたおかげで、こけしが赤く染まるのを見られなくて済んだのだから。

近くの席の友達から『こけし、恋に落ちたなう』とメッセージが来たのはわずか数秒後。

メイプルシロップ配合未来

めい様より、前髪を切りすぎたことを木兎さんにいじられる・というリクエストでした。このリクエスト設定が素晴らしすぎて暫く色んなことを妄想してしまいました…(笑)ありがとうございました!