Happy new year 2017



高校生が堂々と真夜中に出歩ける事は少ないけれど、今日だけは例外のはず。

大晦日の夜、私は近所に住む友達と初詣に向かっていた。親に車を出してもらって、少し遠くの大きな神社まで。
私たちは中学までは同じだったけど、べつの高校に進んでいるので積もる話をしていたらあっという間に到着した。


「すごい人だねー」


予想はしていたけど、人が多くてもみくちゃ。
実は知らない間に車の中で年が明けていたので、お参りをしておみくじを買い、ふらっと敷地内を見て帰ろうと言うことになった。


「すみれは何をお祈りすんのー」
「…それ言ったら意味無いんじゃ?」
「いやいや結局自分次第じゃん」


とは言いつつも、彼女もまさに今からお賽銭を投げようと小銭を出していた。

私がお祈りしたいのは、ごくごく普通のことだ。

健康でありますように、テストでいい点取れますように、できれば早めに大学の推薦入試に受かりますように、そして、


「白布くんと結ばれますようにーとか?」
「…心読まないでよ」
「分かるわい。行きの車ん中で白布くんの話ばっかりだったじゃん」


そのとおり、私はここに来る車中で片想いの白布くんの事ばかりを熱く語っていた。

同じクラスの子で、特別優しいとか爽やかとか仲良しとかじゃないけど雰囲気が好き。

さらに細かく言うならば、私が夏休みの宿題である世界史のレポートを発表している時にしっかりと私を見ながら聞いてくれていた。
みんな目を閉じたり俯いたり、いずれ来る自分の発表に備えてイメージトレーニングをしていた中で、白布くんは私のレポートを真っ直ぐに見ていたのだ!

…もしかしたら他の人も見てくれていたかも知れないけど、偶然白布くんのことが目に入ってしまって、ずっと彼のことばかり意識していた。

そして発表が終わった頃にはもう好きになっていた。これ、ほんの5分間ほどの出来事。


「…あのレポートもっと頑張れば良かった」
「どうせ内容とか忘れられてるっしょ!」
「それもそうか」
「ほらほらお参りしよ!白布くんと仲良くなれますようにーって!」
「ちょ、声大き…、わっ」


友達に押されてやっと賽銭箱の前まで来た時に、勢い余って近くの人とぶつかった。「すみません」と互いに頭を下げる。

人が大勢溢れている中でやっと人混みをかき分けて賽銭箱へたどり着いたので、私はその相手が誰であるかを認識するのに時間を要した。

でも下げた頭をあげた時目に入ったのは、男の子にしては綺麗になびく茶色の髪と白い肌。

白布賢二郎、私の同級生その人だった。


「し………ッ!?」
「え、あれ…白石?」
「なっなな、なんでここに」


白布くんがいつもとは違う服装、つまり私服で暖かそうなマフラーをして、でも寒そうに首をすくめて立っているのだ。その手にはお賽銭が。


「すみれ、早く投げなきゃ。白布くんと、」
「わーーーーーっ」
「!?」
「な、投げる!投げるから」


私はやけくそ気味にお賽銭を投げて(ああ神様仏様、ごめんなさい)手を叩き、友達の手を引っ張って賽銭箱の前からトンズラした。


「ちょっと急に何?」
「あの…あれ、あそこの、あれ」
「へ?」


落ち着け落ち着け落ち着こう。

そう、あのレポートを発表していた時のように。息を吸って、吐いて、


「あのね、あそこにいるのは白布くんなの」


と、友達に伝える。

しかし友達は私が「あそこ」と指さした場所など見ておらず、私のすぐ後ろを見ていた。
まるでそこに誰かが居るかのように、私のすぐ背後を。…まさか。


「俺はあそこじゃなくてココに居るけど」
「ぎゃっ!!」


ああ、きっと私が乱暴にお賽銭を投げたから神々がお怒りでいらっしゃる。私が「白布くん」という単語を発したのが完璧に聞こえている。白布くんが何か不思議な物体を見るような目で私を見ている。

そこへ友達が必死の助け舟を出そうと話し始めた。


「白布くん、いや白布さん、すみれがお世話になっております!私この子の中学の友達で!」
「はあ…?」


彼女のフォローはあまり効果的とは言えなかったようで、白布くんは首をかしげた。頭のおかしい女二人だと思われたに違いない。

口から魂が抜けそうになっていると、白布くんと共にお賽銭を投げていた男の子が思い出したかのように言った。


「あ、賢二郎のクラスの子じゃん」
「…?」
「俺、川西太一。隣のクラス」
「…あ、たまに昼休みに来てる」
「そーそー。あけおめー」


昼休み、よく白布くんの席を訪れている子だった。
私は白布くんのことを結構見ているので、一緒にいる彼のことも顔は覚えている。名前は知らなかったけど。


「ねね、白布くんと仲良くなれますようにーってお願いしてたのどっち?」


…聞こえていた。最悪だ。

しかも「どっち?」って私の友達は他校なんだから白布くんのことを知るはずも無い。私が車の中で語った限りの情報しか知らないのだから。

つまり白布くんと仲良くなりたいのは私のほうだなんてモロバレで、川西くんにはそれがきちんと理解出来ているようだった。意地が悪い!


「賢二郎と仲良くなりたいの?」
「い、いや」
「イイじゃん!仲取り持つよ!」
「取り持つよってお前、全部聞こえてんだけど」
「あ」
「あ、じゃねえよ」


白布くんが心底呆れ返ったようにため息をついた。この呆れ顔は川西くんに向けてだけでなく、私たちにも向けられているような気がした。

今年の運勢、始まったばかりなのにもうゼロかも。「賽銭箱の前で好きな人と出くわした」と言うのが今年最初で最後のラッキーなのかもしれない。

と思っていたのに、白布くんが普通の顔で私たちに向き直って言った。


「コイツが変な事言ってごめんね」
「そ、そんな」
「あと俺もごめん」
「??」


白布くんが私に向かって何を謝ることがあるんだろう。


「俺、勝手に白石のこと仲良しだと認定しちゃってたから」
「え」
「俺の勘違いだったみたいだけど」
「………?」


白布くんが不敵に笑った。
こんな彼の顔、見たことないぞ。

私の横では友達が「なんか聞いた話と違う」という顔で私たちを見ている。川西くんはコメディ映画でも観ているような表情だ。


「俺は白石と仲良いつもりだよ」
「………お?」
「でも仲良くなれますようにって神頼みするって事は、白石はまだ仲良しだと思ってくれてないのか」
「おお?」


白布くんが一歩私に近づいた。ポケットに入れていた手を出したかと思うと、そこには彼のスマートフォンが。


「ちょうど俺も同じような事お参りしたから連絡先教えて。」
「!?」
「あっはっはっはっ」
「太一うっさい」


早く、と白布くんがスマホをずいっと突き出してきた。

連絡先教えて、ってことは連絡先交換しよう、ってことですか?なぜ川西くんは爆笑していらっしゃるのですか?そして、白布くんは私をすでに「仲良し」だと認識していたのですか?


「……はい。友達追加」
「う、うん」
「んじゃ今年もよろしく」
「…うん…?」


LINEの友達追加をしただけで彼はポケットにスマホを戻し、川西くんに「行こ」と声をかけて歩き出した。

…あれ?もう行くの?仲良くなってくれるのでは無かったんですか。


「……あれが白布くん?」


彼らの姿が遠くなってからやっと、今まで空気になっていた友達が口を開いた。


「…うん。あれが白布くん」
「超変な人じゃん」
「……変だね」


確かに変な人だ。白布くんが変な人だなんて知らなかった。


「でも、脈アリじゃん?」


脈アリ?
これは、脈アリと言って良いのだろうか。

都合よく解釈すれば「俺は仲良しだと思ってるから、今さら神頼みする必要なんて無い」と言っているように聞こえなくもないが、どうも白布くんの言い方は遠回しすぎて受け取り方に困ってしまった。


そのまま悶々とした状態でおみくじの列に並び、さきほどの白布くんの言動について友達と議論を交わす。

そこへ、私のスマホが震えた。
白布くんからの、初めてのLINE。


「白布くんだ」
「えっ!」


何を送ってきたんだろう、と画面を開くと変な絵柄のスタンプが送られてきていた。何だこれ。


「なにこれ」
「さあ…あ、続きが」


その変なスタンプ(ちょっと顔かたちが崩れた下手くそな感じの男のイラスト)のすぐあとに白布くんからのメッセージが送られてきた。


『白石が描いたリンカーンにそっくり』


「…………。」
「……リンカーンって?」
「…これ…あれだ…あれだよ…」


夏休みの世界史のレポート。
私はエイブラハム・リンカーンをテーマにし、南北戦争勝利に至るまでを自作のイラストとともに発表した。

それを友達に説明すると、彼女は眉をしかめた。


「……白布くんってさあ」
「うん」
「愛情表現、めんどくさいね」
「…………」
「あら、ときめいたの?」
「…うるさい!ときめきました!悪いですか!」


そうして、そのまま引いたおみくじの恋愛運に書かれていた文言を見て、さらに気持ちは固まったのだった。


『恋愛 進展あり』
『待人 すぐそこ』


回りくどい男、白布賢二郎。
宣言どおり、神様に頼んだとおり、今年もっと仲良くなってみせよう。


帰宅後私は過去のレポートを引っ張りだし、自作のリンカーンの絵を写真に撮り白布くんへ送信してから眠りについた。


The Love Emancipation Proclamation , I do !